星ヶ丘ゆき

kazumiの日常雑記

「中井英夫戦中日記 彼方より」

  「生れた時から日蝕だった
   唇を抑へて生きてきたんだ」

        (中井英夫戦中日記より)

昨日、東京から帰ろうと思って東京駅に行ったが、安い切符だったせいか、切符の変更がきかないというので、もう一泊することにした。
ふと時間があいたので、神田の本屋に行く。
本屋はもうめったにいかない。行くと欲しくなるけど、食うもの買うかわりに本を買えたなんていうのは、ひとりで生きていたからゆるされた贅沢で、いまはそんなこともできないし。
なので久しぶりの大きい本屋さん。

行くんじゃなかった。買ってしまった。
ぱらぱらっとめくったら、見開き2ページ、その前のページも入れて3ページにわたってぎっしりと、

お母様お母様お母様お母様お母様お母様お母様お母様お母様お母様
おかあさまおかあさまおかあさまおかあさまおかあさまおかあさま
オカアサマオカアサマオカアサマオカアサマオカアサマオカアサマ
お母様お母様お母様お母様お母様お母様お母様お母様お母様お母様
おかあさまおかあさまおかあさまおかあさまおかあさまおかあさま
オカアサマオカアサマオカアサマオカアサマオカアサマオカアサマ

って書いてある。寺山修司をふと思い浮かべたりして、この人は寺山を見出した人でもあるわけだけど、たまらんなあって思って、それでその場を去ればいいのに、また引き返して、買ってしまったい。
つまり、お母様おかあさまオカアサマの3ページに2200円払った。

私は18歳で、弟は17歳で、母親に死なれた子どもであるが、私は女の子なのでともかくとして、
(おまえのその後の人生を見ずにすんで、おまえの母さんは早く死んでよかったよって言われて、ああそうだなあって、思ったこともあったけども)
母親を亡くした弟のそれからは、ほんとうにかわいそうだった。

でも、それだけならよかったのに、私は男の子をもったので、いつか、この子どもをおいて死んでゆく母親でもあるのである。と思いいたる。

しまったなあ。もう取り返しつかないしなあ。

今日、帰りの新幹線のなかで、読み始めたんだけど、ページをめくる度に泣いてしまいそうで、困った。

「集つて、あしぶみして、歌を唄ひ出す、「予科練」を「七つ釦は桜に碇」を。ふいに先生の鋭い声がする。じつと指さされてゐる、一人の子が。
 ──あの子はうたつてない。
(中略)賑かに、邪気もなく(?)群れてゐるみんなの中でたつたひとり、歌をうたはなかつた子供、万歳。
 あの子はうたつてゐない、その声にたじろいではならぬ。
 ヘイ、おかしくつてうたへません、ト。
 わたしはひとりでゐたいのです、ト。
 必要ならばいつでも列を離れてしまへ。」(昭和19年10月3日) 
 
ついに泣いた。涙でかすんで字がよめません。

万歳、と言ってもらったわたしの子ども。万歳、と言ってもらったわたしのなかの子ども。
そういえば、みんなができることができない、みんながすることをしない、という理由で叱られたことはなかった。わたしのお母さん、万歳。