死んだ女の残したものは

兄から電話。死んだひろみ姉ちゃんの家に3日ほどいたらしいのだが、猫を飼っていたからと思う、ダニだかノミだかに食われて、ひどい目にあったという。それで遺骨と一緒に、死んだ父の家に引き上げた。(兄は父の死後も、その家を借り続けている。空き家にしたらとたんに壊れそうな、というか、もう壊すしかない家だ)
今年の兄は、春には父の、夏には従姉の、遺骨守り人。

行旅死亡人、というらしい。昔は旅先で行き倒れて、遺体の引き取り手がないときに、役所が後始末(という言い方はよくないな、なんというべきか)をしたからだろう。ひろみ姉ちゃんは、旅先などではなく、生まれ育った町で、行旅死亡人になった。
病院と焼き場の費用は役所がもってくれた。兄との話しあいでは、家の片づけも役所がもつということだったが、役所は、大家にそれをしろと言い出した。大家(遠方にいる)は困って兄に連絡してくる。役所が払うべきなんだよ、と兄は大家に言った。


役所だめでしょ、それ。

というか、以前から駄目な役所なのだ。10年ほど前に亡くなった老夫婦のことを思い出す。夫は収入がほとんどなく、年金もなく、奥さんは病気で、栄養失調にもなってて、娘の仕送りだけでやっていけるはずもなく、生活保護を申請したら、親戚が何人もいるんだから、毎月すこしずつ出してもらったら、やっていけるでしょう、と追い返されてしまった。そんなこと、できるはずがないでしょうよ……耳を疑ったけど、
それで、広島にいた娘が、つてのあった議員に相談して、生活保護の手続きもして、親ふたりを広島に呼び寄せた。(おかげで、長生きできた、と思う。おばさん病院に通えたし。)老夫婦の遺骨は娘姉妹が別々にもってる。そのへん微妙だが、ふたりとも、もといた土地の先祖代々の墓には埋葬したくないらしい。


お金がないからなんでしょ、役所がせちがらいのは。でも、お金がない町に住んでる人間は、もっとお金がない。心臓がきしきし鳴りそうなほどお金がない。

親戚間の断絶の理由は、政治だったり宗教だったり、それにもまして、貧困。貧乏人とつきあうのは怖いらしい。


ひろみ姉ちゃんの通帳に3万いくらは残っていたから、それで家賃と高熱費は払えるものと兄は思って、大家さんに家賃の振り込みを約束したらしいのだが、
銀行に行ったら、通帳の中身はゼロだった。病院に行くときに降ろしたのだろう。お世話になった近所の友人にいくらか渡して、あとはどうしたのか、最後にひろみ姉ちゃんの手元に残っていたのは10円玉が数枚だった。

ところで兄は金がない。大家さんに払うと言った家賃がなあ、払えないから貸してっていう。そんなことだと思った。……まあ、それは香典替わりということで。

兄は電気水道を止める手続きもして、請求は役所にしてくれと言った。

あとは納骨の費用の工面……。

だれがどの順番で死んでいくかわからないけど、みんな無一文で逝きそうだなと、兄やら叔父やらのことを考える。

ひろみ姉ちゃんの住んでいた家は、古くて、もう借り手がつくような家でもないので、遠からず、壊す予定、とか。

あっけない死と、そののちのへんな重さと。伝えたことはないし、いまも、うまく言えないが、私は、ひろみ姉ちゃんに、感謝も感動も、あるんだけど。

さよなら。dear my cousin.