もう7月も終わり。
6月の最後の日、イワツバメの子が巣から出てきた。
その前の日に、親が一羽、巣の下で死んでいた。ので、庭に埋めた。
親ツバメ一羽と二羽の子ツバメの三羽が、近くを飛び回っていた。
またかえっておいで。
イワツバメの子たちを見ていたら、「インディペンデント」って、レティ先生の声が耳に戻ってきた。息子を連れていったときに、そのように声をかけてくれたのだった。
2019年の夏、別れ際に「カムヒアアゲイン」と私の子に言ってくれたときの、レティ先生の笑顔がすばらしくて、イエス、と答えている息子も笑顔で、帰り支度しながら見た、その一瞬の光景が、ほんとに美しくてしあわせだったのを、思い出したりした。
あれが、レティ先生を見た最後。声を聞いた最後。
「また、おいで」
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地元の新聞に、パアラランのこと紹介してもらったり、いくつかお話する機会をもらったり、地元のラジオに呼んでもらったり、ばたばたしてましたが、パアラランの30年をどう話せばいいのか、いたらなくてごめんなさいの、終わったあとの脳内反省会がががが。でも、私が、うまくお話ができなかったからといって、消えてしまうパアラランの価値ではないので、くじけない。
気にかけてくださったみなさまに、ありがとうございます。
まだ、天に見捨てられていない。
新学期はじまっています。おかげさまで、新学期の送金もできました。
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ヒロシマの修学旅行について、調べて書く仕事をした。大学時代にお世話になりました小林先生の「原爆碑を洗う中学生 被爆教師江口保さんの平和教育」という本、読み返したら、語り部の沼田鈴子さんのことや、江口先生の同僚だったという石川逸子さんの文章などもあって、石川さんのミニコミ誌「ヒロシマ・ナガサキを考える」全100号の源流に触れる思いがした。
「世界子ども通信プラッサ」2003年の誌面には、修学旅行の小学生への沼田鈴子さんのお話が、語り言葉のまま、掲載されていて、それを東京から来たプラッサの代表の小池さんと一緒に聞いたときのこと、思い出して、胸がつまった。
沼田さんは2011年に、小池さんも今年、亡くなった。
2002年の秋の午後、平和公園で、沼田さんの車いすを押した。貴重なお話を残せてよかった。
「とってもつらいことがあっても『明日天気になあれ』って言って、心をいいお天気に持っていってね」
って、沼田さんは、子どもたちに語ったのだ。
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映画を観た。

「急に具合が悪くなる」。あまりの素晴らしさに、声が出ない。認知症患者たちがホームの庭で芝居を見ている場面、患者のひとりが車椅子で、煙草を吸っているのが、パアラランのキッチンでレティ先生が煙草を吸っていたの思い出して、たまらなかったな。
出会ってきた、と思う。出会ったら、別れないのだ。命に終わりはくるんだけれど。
認知症患者たちも自閉症の少年にも、登場人物たちには幸福感がある。存在のもともとの幸福感が、あらわれてくる、関わりによって。それが、さわやかで気持ちがいい。

「大統領のケーキ」はフセイン時代が舞台のイラク映画。
大統領の誕生日に、クラスでケーキをつくってくる係になった貧しい女の子の話。子どもたちが可憐ですばらしい。ろくでもない独裁者国家が、異世界ファンタジーの設定みたい。遠く近くに降るアメリカの爆弾。
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壊れて、修理に出していたパソコンが無事もどってきた。
インディペンデント。息子は、ローンで中古車を買ったらしい。
















