星ヶ丘ゆき

kazumiの日常雑記

弟とか息子とか

息子が声変わりしたせいで、私の中のどこかの記憶の蓋がひらいたらしく、最近よく、弟の名前と息子の名前を呼び間違える。そこへ昨日の電話だから、よけいに混乱して、
弟の名前で息子を叱り飛ばしたり、していた。
息子は目を白黒。
息子は1歳か2歳のときに1度だけ会ったかなあ。弟の声はやたらでかいので、それに怯えていたのが、弟にも息子にも、かわいそうなことだった。まだ聴覚の過敏があるとか、分かる前のことだったけどね。

いまは定期考査前で。
息子は勉強している。
ふりをしている。
いまいましいことに、カープがよくがんばってくれるので、音を消してこっそり見ていたりするし、(親は勉強の邪魔をしてはいけないと思って、テレビつけずにいるのに)
心臓が3回脈打ったら、何してたか忘れるんだろうというほど、途中で、あれこれ遊びはじめて(電車の路線図書いてたり)、ノート1ページおわらせるのに、何時間かかるのって話だし、
それでも、学校では猫っかぶりしていたいから、宿題しないとか提出物を出さないとかありえないから、おそくまでかかるし、やっと布団に入ったと思ったら、親の目を盗んで起き出して、本読んだりしている。
どれだけ叱られても叱られても、懲りない。
というのが続いていて、
心配なのは、睡眠不足である。
寝ないと死ぬよ、といいかげん私もきれて、すべて強制終了させたが、
「ほんっとに、私の息子は何をやってるんでしょうかっ!」と言ったのが、
なんかショックだったらしく、
「ぼく、生まれないほうがよかった?」と涙目。
そんなわけないでしょっ。

めんどくさっ。

そう、めんどくさいのである。
思い出す。母が死んでゆくことを、父は耐えられなかったのだと思うけど、それで子どもたちにやつあたりしたのは、一生の不覚だろうなあ。「おまえらが心配かけたから母さんが病気になってしまった」などと言うから、それに傷ついて、弟は家を出てしまったと思うし、私も近寄れなかったが。
あれで、自分は悪い子だし、父に怒られてばっかりもいやだし、家には帰れないと、弟は思ってしまったし、私も、父の望む子にはなれないので、父に頼ることはしないと決心してしまった。たとえば大学の学費とか生活費とか、助けてもらおうとか夢にも思わなかったし、そのあと学費が払えなくても家賃を滞納しても、誰にも相談しなかったな。
それから10年ほども過ぎて、父が、小遣いをくれたとき、もし私が受け取らなかったら、父は悲しいかな、と考えて受け取ることにしたときの気持ちを覚えている。

親も子も自分の気持ちを話すなんてことをしない、というか思いつかないので、互いにうしろめたく、ぎくしゃくしたまま何十年も過ぎたのだ。普通に会話ができるまでに、どれだけ時間がかかったかっていう話だけど。

さて、この家族はどうなるんだろうなあ。かたくなになったり、ぎくしゃくしたり、話ができないとか、こじれるとか、そういうことは、私たちで飽きているし、そんなことをやっている時間もないと思うし。

もう声がわりした子が、拍子抜けするほどかわいい。
きみが話したいことは全部聞くし、私たちも言いたいことは全部言うし。
何があってもだいじょうぶだから、安心して生きればいいから。
でも寝ないと死ぬから、寝るのが仕事と思って寝なさい。

気づいた。私の家族、ここも、郷里のほうも、男ばっか。父と、叔父と、もひとり叔父と、兄と、弟と、夫と、息子と、……なんかもう、ざらざらした声ばっか聞いてる。息子は、嘘がばれそうになると、耳元であーあーうなるのだが、それがもう、ざらざらうるさい。

息子がもっと小さい頃に、暗唱させた文章がある。言わせてみたら覚えている。私はいいことを思いついた。年とってぼんやりしたころに、「母さん、おれおれ」と電話がきて、だまされそうになったら、この文章を言わせてみよう。言えたら本物、言えなかったら偽物。私の子なら言えるはずだから、ずっと覚えといてね。