星ヶ丘ゆき

kazumiの日常雑記

闇麦闇米闇卵

歌集をつくってよかったかなと思うことは、本がいろんな人といろんな対話をしてきてくれることだ。
『もうひとりのわたしがどこかとおくにいていまこの月をみているとおもう』という長いタイトルの第2歌集に、ゴミ山を歩いたときの歌で、ルビに一行全部、蠅蠅蠅蛆虫蛆虫蛆虫、と書いたのがあるんだけど、だって、一足ごとに無数の蠅がたちのぼる、かきわけてもかきわけても蠅、の光景をどう表現しようかと思ったらそうなったんだけども。

その歌について。
原爆児童文学を書き続けていらっしゃる大野充子さんが、あの夏、広島駅の壁は、びっしり蠅に覆われていたんだと、教えてくださった。...
すると、その話は親父から聞いたことがある、とパパが言った。三次の高校生だった義父さんは、原爆投下後の広島に田舎の野菜を売りに来て小遣い稼ぎしていたんだって。そのときに蠅でまっ黒の駅の壁を見た。

大野さんのご本「朝の別れを ヒロシマ、母と子の物語」を読んでいた息子、じいちゃんの話と本のなかの闇市という言葉に、閃いた。
「ママ、言ってごらん。闇麦闇米闇卵」

そういえば、ゴミの山を歩き回っていた日々に、あの夥しい蠅と蛆にまみれながら、私は昔聞いた被爆体験の、人の体にわいた蛆、人の体にたかった蠅の話を思い浮かべたなあと思った。

本のなかに飛ばした蠅は、もしかしたら不謹慎かもしれなかったあの蠅たちは、いろんなところに飛んでゆく。
「言えなかったら、売らないよ。闇麦闇米闇卵」