清き一票

児童会の選挙の日。帰ってきた息子に話を聞いて驚いた。息子、立候補者でありながら、自分に投票しなかったっていう。どうやら、スピーチをとちって自信をなくしたのもあるんだが「だって自画自賛っていやだし、ぼくは力がないし、ぼくよりずっと立派にやれそうな人がいるし」って言う。ショックだ。

それは絶対してはいけないことだよ。だって君を応援してくれた人もいるわけよ。先生たちもポスターつくってくれたりいろいろしてくれたわけでしょ。なのに清き一票をお願いしますって言ってる本人が自分に投票しないっていうのは、応援してくれる人たちへの裏切りだよ。号令だけかけて、自分は逃げ出してるってことよ。無責任。すごく卑怯で恥ずかしいことだよ。
親ふたりに口々に言われて、息子、泣く。パパがなんか、傷ついている。 「ほかに誰も票を入れなくても、自分のたった一票しかなくても、それでも自分に票を入れるおまえであってほしいよ。それがアイデンティティだよ。おまえは最後になって自分の心に負けたんだよ。気持ちはすごくわかるよ。だけどすごく情けないよ」
よろしくフォローしてくれ。パパはそう言って町内会のおじさんとこに飲みに行ってしまった。

ランドセルから漢字テストの賞状がでてくる。ところが先生、名前かかないで配っちゃったんだな。それで私が言う。ほら、きみが自分の名前かかないから、せっかくがんばっていい点とった漢字テストの賞状からも名前が消えちゃってるよ。
息子、感情に収拾がつかなくなる。泣いたりすねたり怒ったり、わけわからない。「だってだれもそんなこと、自分にいれなきゃいけないなんて言わなかったじゃないか!」って言う。立候補者の説明会で言われなかった?「聞いてない。自分に入れてもいいのかな?って言ってる人もいたし、ぼく以外にもほかの立候補者に入れた人いるよ」って言う。
それが本当なら、それはちょっと問題と思うよ。
連絡帳に書くことにする。立候補者の姿勢について、事前によく指導してください。せっかく選挙するのに、肝心なことがわかってないようでした。
しばらく前に息子にきいてはみたんだよね。そのときは「自分に入れる」って言ってたから、わかってるとばかり。……盲点でしたよ。
息子、書かれた文章を見て落ち着く。それから鉛筆で書き足す。「先生、恥ずかしいから、内緒で……」

あのさ、どんなに自分が馬鹿でもポンコツでも、立候補したら、すばらしい自分を信じて一票入れてやらなきゃいけないんだよ。それが責任ってことだよ。もしそれがわかったんなら、今日のことはいい経験にできると思うよ。

生まれるのも、立候補して生まれてきたんだよ。どんなに馬鹿でもポンコツでも自閉症でも、すばらしい自分なんだから、自分が自分を手放しちゃ駄目だし、パパとママは絶対応援してるし、たったひとりでも毎日自分に一票入れ続けるんだよ。生きるってそういうことだよ。

「ママ、言ってることはわかるけど、言い方がひどくない?」って言う。
うん、まあ、ひどいけど。ママだってパパだって、自分のポンコツぶりを耐えて生きてるんだよ。一緒なんだよ。がんばろうよ。