罠と音

英検の試験、土曜日の朝、「大丈夫大丈夫」と余裕の表情で、出かけていったが、帰ってきた息子は、しょんぼり。リスニングが速くて聞き取れなかった、そうでした。辞書に入っている例文より、全然速い。あんなの、無茶だ。
まあ、駄目なら、また受ければいいよっていうだけの話だが。
夜になってから、いきなり息子は気づいた。
「ああっ。ぼく、電子辞書のスピードを低速にしているんだ。そうしないと聞き取れないから。でも試験のリスニングの文章は普通速度だったんだよ。」
また罠にかかってしまった! と怒っていた。
……しょうがないと思う。

その夕方は、ピアノのコンクール。「幻想即興曲」をやると言ったのは息子である。たぶん自分ですこしは自覚があったのだ。小学生のときに、自分で楽譜見て、暗譜して弾ける?ようにはなっていたが、指がついていかない、どんどん雑になるのが自分でくいとめられない、聞くほうとしては、聞くにたえないしろものだったのだが、この機会にちゃんと弾けるようになりたいと、彼なりに、思うには思ったのだろう。
あのぐだぐだの演奏を、なんとかたてなおしてくれたピアノの先生ってえらいと思う。

Yくんちのビデオが壊れているというので、パパはYくんの演奏も撮って、夜、CDに移していた。Yくんの弾くピアノとほかの子たちが弾くピアノは、全然違う楽器のようだ。
小学校低学年の頃から音がきれいだったよね。きわだってきれいだった。彼はいつかCDを出せばいいと思うよ。難しい曲弾かなくても、音だけで聴かせる。
家族でそういう話をしていた。
「どうすればあんな音が出るのかなあ」と息子が言う。
彼は天才だからね。Yくんの音は、Yくんの人生と引き換えに手に入れているような音なので、真似できないと思うよ。
そういう音を身近に聞けてしあわせですけれども、聴く側にいるのがいいと思う。彼はきっと、ピアノにさわらない間も、音のことを考えている。自分が、たとえば川の音になろうとしている。そんなことは、誰にでもできることではありません。

世の中のことは、自分で何か取り組んでみた分しか、わかっていかないし、13歳は13歳として、まあまあいい経験をしていると思う。いまのうちに、罠もたくさん踏んでおくといいのだ。