複雑な気持ち

何年か前に、ヘッセと虫の展示があって、見に行ったなあと思い出したりした。クジャクヤママユの話は、中学の教科書に載っていた。蝶の採集が趣味で、希少な「クジャクヤママユ」の蝶の標本を隣の家の子が持っていると知って見に行き、思わず盗んで潰してしまった男の子の話。
さてその話は、いまも中学1年の教科書に載っている。高橋健二訳。なんと70年間載り続けているらしい。しかもいまは、すべての検定教科書に載っているんだって。
息子の教科書にも載っていた。

その話は、春休み明けのテスト範囲で、テストには、感想を書く欄もあったらしい。でも半分しか書けなかったから、点数も半分しかなかった、らしい。
訳者の訳が上手いと思った、と書いたらしい。

さて息子は、国語の先生に呼び出されて、ほかに数人呼ばれたらしいんだけど、連休の宿題で、読書感想文を書けと言われて帰ってきた。テストで1行しか書かなかった感想の続きを書いてくるように言われたそうで、たいへん困っていた。

やーい、罰ゲームだ。

キーボードで打ったほうが書きやすいというので、ワードで設定してやる。するとなんとか書きだしたが。
意外だったのは、息子が、蝶を潰した少年より、蝶を潰された少年のほうにシンパシーを感じていたことだ。ぼくは彼に似ている。いやなことをされたときの態度のごまかし方が似ているんだそうだ。ほんとはショックなのに冷静や冷淡を装うとか。
でも、一方では、自分も蝶を潰した少年のようなこともするかもしれないという心配もある。
そのあたりのことをごちゃごちゃ喋ったり書いたりしていたが、途中から、

どうでもいいから、おうどん食べたい、こんな面倒なこと、テスト時間に書くなんて無理だし。どうしてまた書かなきゃいけないんだ、でも、先生に言われて、はいって言ったのはぼくだからしょうがないのか、

とかとかとかとか、ぐだぐだ書いていて笑ったが、ずいぶん時間が経ったのちに、ようやく行き当ったらしい。「複雑な気持ち」という言葉。

ご苦労さんだった。

私なんかは、蝶を潰してしまった子にまるごと感情移入で、どきどきはらはらで、あんまりみじめで、読み返すのがこわかったような記憶だけれども、大事な蝶を潰されてしまった子のことは考えもしなかったな。
そっか。いやなことをされたとき、冷静や冷淡を装って、そのショックを耐えていたのか。

偏愛のヘッセ。「少年の日の思い出」。

木曜日の夕焼け。Cimg7645