星ヶ丘ゆき

kazumiの日常雑記

2016年8月 Paaralang ①

空港のレートがよくないことはわかっているのだが、他の両替所に行けるかどうかわからないので、空港で替える。100ドル札1枚と1万円札1枚。1万円3600ペソだが、100ドルは4690ペソだった。着いた日、ジェイと学校の経費の相談をした。私たちが1年間に送金できるのは、いつもと同じくらい、2万ドルが精一杯だよと言ったら、バランスで何とかなるよ、と言った。バランス、とはドルのレートがいいということだ。学校の運営が、ぎりぎりの自転車操業であることにかわりはないのだが。

空港には、いつもと同じように、ジュリアンが迎えにきてくれていた。妻と娘のサビエンヌも一緒。サビエンヌは3歳になった。赤ちゃんのとき以来だから、覚えてないよね。
パヤタス校に着くと、レティ先生、次男のボーン、養女のグレース、孫のリンリンとその娘のグローリィと、また別のひ孫のクレアアン、それから末息子のジェイと妻のカティも来ていた。ジェイの誕生日で、ケーキがあった。キャラメル味で美味しい。

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バーベキューも。ビールも。ジェイたち忙しいので、その場で学校の運営費の相談など、さくさくと話しあう。だいたいいつもと同じ。same as usual.いつもと同じ、ということがうれしい。
レティ先生が車椅子ながら、キッチンのいつもと同じ席にいてくれることが、すごくうれしい。去年きたときレティ先生は、ずっと入院していたのだ。

奨学生の資料もあらかじめもらっていたので、それらの確認などもする。
奨学生プロジェクトは始動している。今年、大学生と高校生11人に奨学金を支給、そのかわりに、クラスのない日には、パアラランでボランティアの先生をしてもらう。スイスのグループと、私たち日本からと、ジェイ夫妻、ジェイの会社、などの資金提供だ。ずっとエラプ校で教えてくれていたリザ先生も奨学生のひとり。教員免許をとるためにカレッジに通っている。

ジェイたちは、アチバル(レティ先生の次女のジンジンの長男)が入院しているので、これから病院に行くと言う。なんでもオフィスをやめて軍隊に入ったのだが(アチバルのお父さんは軍人だ)腎臓が悪くなって倒れたんだという。去年はお母さんのジンジンが乳癌で闘病中だった。ジンジンは手術も成功して、いまは元気だよっていう。アチバルの詳しいことがわからなくて心配。
kidnyって言った。その単語には覚えがある。10数年前にたまたまフィリピンで見たニュースのなかに、スラムの人たちが、お金のために臓器売買をしているという映像があった。ここではなくて、もっと海のほうのスラムの話だった。その臓器がkidnyだった。腎臓で間違いない。でも念のため辞書を見ておこうと思って、もっていた辞書をめくったんだけど、字が小さすぎて、読めない。ショックだ。去年は読めたのに。

誕生日、いくつになったのって聞いたら、25歳だよってジェイは言って、15歳サバ読んでるけど、私も同じだよ、気分だけはね、って笑ったけど、ほんとに気分だけだわ。来年からは、拡大鏡ももってこよう。

レティ先生と孫娘のリンリンは、私を美容室に連れていく相談をしている。いつもと同じように。リンリンは安くて上手な店を見つけてくる。

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翌日、エラプ校へ行った帰りに、レティ先生やグレースと一緒に美容室へ。カット50ペソ(150円弱)、今回はマニキュア50ペソ、ペディキュア50ペソも。染めるなら赤よね。一生に二度か三度はかわいいかもしれない私の足の爪。

 



息子のために、ジプニーとトライシクルの写真をせっせと撮った。エラプシティへ行く道、パヤタスロードは、ジプニーとトライシクルがたくさん走っている。学校帰りの子どもたちが鈴なり。

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エラプシティの入口には、ジプニー乗り場とトライシクル乗り場があって、たくさん並んでいる。いい町になったなって思う。16年前、パヤタスのゴミ山が崩落した事故の後に、人々が強制移住させられたときには、なんにもない原っぱのなかに、小さな家だけが並んでいて、こんなところで、どうやって生きていくんだ、って人々は話していた。今は、近くのモンタルバンの街も発展して、すっかり、郊外の住宅地という感じになってきた。

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