星ヶ丘ゆき

kazumiの日常雑記

草に寝て…

冬休みになった。学校からあれこれ持って帰った荷物がぐちゃぐちゃで、整理できてないもんだから、宿題のワークブックがないとか、プリントがないとか、ぐちゃぐちゃ探していたりする。

国語の教科書(すでに高校の教科書)も持って帰っているので見ていたら、「そういえば、立原道造の詩が読みたいんだけど」と言う。どんな詩?「しあわせとか、小さな村とかが出てくる詩」。それは道造の詩にはたくさん出てくるが。
詩集を渡したら自分で見つけた。「草に寝て」という詩だったらしい。たぶん、以前に、中学入試の問題集か、模擬試験かで読んだのだと思う。


教科書の詩は中也だったが「中原中也宮沢賢治の詩も好きだ。詩集ある?」と言う。それならそれぞれ3冊ぐらいはもっているので、机に積んでやる。

息子、3歳の頃、読んだ絵本をまるごと暗記して暗唱するのが、アンパンマンの話だったりして、それを聞くのがうっとうしいので、「雨ニモマケズ」を教えてやったら、お風呂で数を数えるかわりに暗唱していたこととか、思い出した。「キツネのこどもはうそつくな」という文も教えたんだが、いまはしっかりうそつきだ。

同じ頃、中也の「汚れつちまつたかなしみに」は教えたつもりもないのに覚えて、それを「汚れっちまったたのしみに」と言い換えていた。かなしみ、という言葉がわからなかったのか、かなしみ、と言いたくなかったか、言うのがこわかったか、は不明だが、かなしみ、とは絶対に言わなかった、そんなことを思い出した。

高校のときに私が好きだった中也の詩は「夏」だった。ママはこの詩が好きだったよ、と教えてやったら、読んで「あぶない人だなあ」と言われたわ。
  「血を吐くような 倦(もの)うさ、たゆけさ…」ああ、なつかしい。


中学3年の頃、友だちが、自分の好きな詩をノートの最初のページに書いていて、私も真似した。授業中、きらいな教科のときなんかでも、ノートの最初のページには好きな詩がある、と思ったら楽しかった、という話をしたら、息子「それはいい」と、さっそく新しいノートの1ページ目に書いていた。「草に寝て… 立原道造
 ………
 私たちの 心は あたたかだつた
 山は 優しく 陽にてらされてゐた
 希望と夢と 小鳥と花と 私たちの友だちだつた

 

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仮名遣いは、旧かなならその通りに書くこと、一字あきも正確に、せめて読みやすい丁寧な字で書くこと、翻訳のときは、訳者の名前も書くこと、とわりとうるさく言った。


「ママはいいなあ。そういう友だちがいて」と言うが、いや、夢野久作の「ドグラマグラ」を読むという、きみの友だちもたいしたもんだと思うよ?

中学3年の私が、一番最初に、たぶん数学のノートの最初のページに書き写した詩が、丸山薫の「病める庭園」という詩だったことは、内緒だ。

鳥がきて「オトウサンナンカキリコロセ、オカアサンナンカキリコロセ」と鳴く詩。