うさぎ晴らし

定期考査前なので、学校のロッカーに置いてあるテキストを週末、2度にわけてごっそり持ち帰ってきた息子だが、持ち帰ってきたからといって、勉強できたわけでもないのだが、授業があるので、また持っていかなければならない。どの教科も副読本や問題集が数冊ずつはあって、重いし。いや、おそろしい。
勉強するしない、できるできない以前に、情報処理とか、片付けができるできないとか、要領のよさ悪さ、体力のありなしで、つまずきそうよ。
はっきりいって時間はないし、9教科あるし、電子辞書やら地図帳やらで、勉強しているふりして遊んでる余裕はないと思うし、まして、膝の上にこっそり、電車の模型の本を開いて、眺めている場合ではないと思うんだが、でもまあ、きみの自由だし。

洪水ちゃんはしばらく前の放課後、担任の先生からわりときつく叱られていたらしい。きみの態度が、どれだけまわりに迷惑かけているか、怒らせているかに気づきなさい、と言われていたらしいんだけれども。それでその次の日ぐらいは、授業に遅刻することも少なくて、授業中の発言も控えめだったけど、またいつのまにかもとにもどっている。
洪水ちゃんが、注意されたり、叱られたぐらいで、態度を改められるんなら、洪水ちゃんは洪水ちゃんをやっていないと思うよ。それに、洪水ちゃんは、何か悪いことをやっているわけでは全然ないよ。あんたが家でやっていることと、洪水ちゃんが教室でやっていることは同じだし。
「でもぼくは学校ではやらないよ」
そりゃ、あんたは猫っかぶりだから。
「ニャー」
じゃなくて、洪水ちゃんは洪水ちゃんなのだから、苛々しない工夫は、洪水ちゃんではなくて、きみに必要なんだよ。

「わかってる。寛容の心って言いたいんでしょ」
そのとおり。
「でも、洪水ちゃんたら、授業中に水筒出して水を飲んだりするんだよ。それでまた先生に注意されたりしてるし。それにノートに絵を描いてたり」
ママは、授業中に給食の残りのパンを食べていたよ。それから、教科書が白黒だったから、色鉛筆で色ぬってカラーにしていた。
「見つからなかったの? 叱られなかったの?」
全然。ママはステルス性にすぐれた子どもだったから。

副読本やノートの整理とか、提出物の確認とか、手伝ってやったが、話を聞いていると、意思疎通しやすい先生としにくい先生とがいて、「理不尽だよ!」と怒りたいこともあるらしい。
「まあ、うさぎばらししたからいいけど」
うさぎばらし?
休み時間に音楽室のピアノを弾いた。音楽のときの休み時間のピアノは洪水ちゃんが占拠しているのだが、その日は洪水ちゃんがいなかった。
うさぎ晴らし。
憂さ晴らしのことらしい。

そんで、テスト勉強のうさぎ晴らしに、ピアノを弾きに行ったまま、部屋にもどってこない息子は、譜面台に電車の絵本とか開いて、ぼーっと眺めていたりするのだった。