雨の巷に  


 夜からずっと雨。ざあざあ降っている。

 「雨の巷に降る如く」というフレーズがよみがえって、幼なじみだった子のことを思い出した。利恵子ちゃんという名前の1歳年上の女の子で、小学校の頃、よく遊んだ。赤ちゃんのときに両親を事故で亡くして、お婆ちゃんと暮らしていた。頭のいい子で、いろんなことを知っていて、私は一緒に遊んでもらえるのをうれしかった。それから彼女が中学になって遊ばなくなり、彼女の家もいつのまにか引っ越していて、学校でも見かけなくなった。
 ところが高校に入ると、同じ学年に彼女がいた。中学のとき登校拒否になり、一年遅れで入学したのだと後で知ったが、ものすごく気になりながらもクラスもちがって言葉も交わせないでいるままに、高1の3学期から彼女は学校に来なくなった。東京に行った、という噂だった。

 高校を卒業する直前に、彼女の1年のときの担任に消息を聞いた。登校拒否のことも、彼女がフランスの詩が好きだということも、そのときに知った。「フランス語を勉強したいから、東京に行くと言っていた。でも行けたかどうか。高校を卒業してからにしろと言ったが、待てなかったのかな。最後は家庭訪問しても会ってくれなかった」と担任は言った。

 利恵子ちゃんを見失ったことは、私にとって大きな事件だった。言葉を交わせなくてもそこにいてくれるというだけで、しあわせだったのだ。小さい頃からいつも私の前を歩いていて、私は彼女のあとをついてゆけば、どこかにいける気がしていた。ときどき姿が見えなくなっても、いつかまた私の前にあらわれてくれると思っていた、のだけれど。高1の冬を最後に、利恵子ちゃんの消息を知らない。

  雨の巷に  ポール・ヴェルレーヌ (訳詞 堀口大学)

 雨の巷に降る如く
 われの心に涙降る。
 かくも心に滲み入る。
 この悲しみは何ならん?

  やるせなの心のためには
 おお、雨の歌よ!
 やさしき雨の音は
 地上にも、屋上にも!

 消えも入りなん心の奥に
 故なきに雨は涙す。
 何事ぞ!裏切りもなきに非ずや。
 この喪その故の知られず。

 故知れぬかなしみぞ
 實(げ)にこよなくも堪へがたし。
 戀もなく恨みもなきに
 わが心かくもかなし。