ぼんやりした景色のなかを

春休みになって、さっそく山口に帰省。

息子が宇部線に乗るというので、つきあわされる。山口から、ローカル線を何度も乗り換えながら、ぐるりとまわる。息子は乗換の度にあれこれの写真を撮って楽しそうだが、私は何が楽しいのかさっぱりわからん。
どこかへ行くためでなく、乗るためにだけ乗っているのだ。風景を楽しもうにも窓は汚れているし、桜も咲いていない、春のはじめのぼんやりしたとりとめのない景色だ。ぼんやりしているのは、眠かった私の頭のなかかもしれないが。
カメラを抱えた少年と母親がもうひと組いて、おっきなリュックを背負っている。小野田で、彼らは下関に向かい、私たちは新山口に向かった。

それから車両は高校生で混雑して、高校生がいなくなると、目の前のおばさんが、飴を買おうと思ったのにガムを買ってしまったと言って、それを私たちにくれた。それからおばさん、話しやまない。なかなか聴き取りづらかったのだが。足を骨折して、病院通いが大変らしい。上の娘は優子ちゃん、下の娘は秀美ちゃん、一緒に外食をよくするのはどっちだっけ、おばさんは以前は看護師さんで、このあたり、訪問看護でまわっていた。靴は大事、すぐに履きつぶしてしまうけど、2万円か3万円するのを履いている。そんな話をずっと聞いていた。……のんびりしている。

その翌日は、SLやまぐち号を見に行くといって、長門峡へ。それから線路沿いにしばらくSLを追いかける。後ろのデッキから子どもたちが手を振るし、しあわせな列車だなあと思う。

ラッピングの電車も走っていた。Cimg6766

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私たちが着いた日、義母さんは、めまいと吐き気で寝込んでいた。病院に行って点滴したら、少し回復。血液検査も異常はないので、ウィルスでしょう、ということだった。「こうやって死んでいくのかしらね」と笑っていたが。
夜、ゲーム三昧の息子を見ながら、このあと、何年先か何十年先か、おじいちゃんとかおばあちゃんとか年輩の身内が死んでゆくのを、私はこの子と一緒に見届けることになるのかなと、ふと思った。たよりないけど、心強い、いてくれたら、すごく助かる、悪いけど、つきあってもらおう、なんかそういうことを、ぼんやりと思った。