「重重 中国に残された朝鮮人元日本軍「慰安婦」の女性たち 安世鴻写真展」

■「重重 中国に残された朝鮮人元日本軍「慰安婦」の女性たち 安世鴻写真展」

「大阪ニコンプラザ」写真展中止通告に対する緊急抗議写真展

期 間:開催中~10月16日(火)11:00~19:00(最終日17:00)【入場無料】

会 場:ピルゼンギャラリー(大阪市中央区心斎橋筋1-3-15 大阪心斎橋アーケードビル大丸百貨店側)

☆☆

なんと明日まで。
私は行けないのですが、紹介しようと思っていたのに、忘れていた。
詳細はこちら→重重プロジェクト http://juju-project.net/
読んで下さい。

あちこちのブログで、写真を見るんだけれど。
異国のお婆さんの悲劇が写されているのだと思ったら、間違う。

日本人の犯罪が、写されているんだ。

何年前か、南方で、朝鮮ピーの値段がいくらだったか、認知症になったあとのおじいさんが大きな声で言うんだと、おじいさんの世話をしていた知人が、ぼやいていた。
「ピー、がなんの隠語か、昔、あんたがもっていた本をたまたま読んでいたからわかったけど、そうじゃなかったら、おじいさんが何言ってんのか、わかんなかったね」

その話は、吐き気するほど生々しかった。認知症にならなければ証言できないような体験を、抱えて生きた男たち、その家族たち。
せっかく聞いた話なので、書いておく。何度でも書いておく。

私の父方の祖父と、母方の3人の伯父たちも、戦争で中国に行った。何もしなかったはずは、ないと思う。そしてみんな語らずに死んでいったのだ。
一度だけ伯父たちは、戦争で支那に行ったときに、煮炊きに必要だから、そこらの家々に植えてある木を伐採したら、それは家族の者が死んだときに柩にする木なのに、と泣かれた、というなんだか牧歌的な話をしてくれたが。

子どものころ、隣に住んでいたおじさんは、予科練で敗戦を迎えて、戦後、神戸で警察官になった。そのときの上司の話をしてくれた。その上司は、敗戦まで朝鮮半島で警官をしていた人で、毎日トラックに少女たちを詰め込むのが仕事だった。悪いことをしているとは、全く思わなかった。仕事だから、今日は何人、今日は何人、と報告した。
「記録がなかったはずがない。捨てただけだ」とおじさんは激怒していた。

写真展、ハルモニたちが重ねた苦悩に、問題の解決を願う思いを重ね、プロジェクト名を「重重」としたそうですが、
しばらく前に、この写真展が中止に追い込まれた、という事件があった。

私たちの国は、恥に恥を重ね、嘘に嘘を重ねている。

どうすれば、そういう恥から、嘘から、自分自身を救い出せるかを、問わなければ。自分たちの犯罪を知らなければ。そのために、ハルモニたちは被写体になって、舞い降りてくれている。慈悲のような写真展だと思う。

☆☆


モノローグ「謝れ」

           イヴ・エンスラー作

私たちの話は私たちの頭の中にだけ存在する。
蹂躙された私たちの体の中にだけ
戦争の時間とがらんどうの空間の中にだけ
どの様な公式的な記録も文書も跡形も無い。
ひたすら良心だけ。
ただそれだけ。

私たちが約束されたこと:
私が彼らについて行けば父を助けられる。
仕事につくことができる。
国のために働ける。
行かなければ私を殺すという。
そこがもっと良いという。

私たちがみつけたもの:
山も無く
木も無く
水も無く
黄砂 砂漠
涙でいっぱいの倉庫
数千名の心配事だらけの少女たち
私の編んだ髪は切られ
下着をつける時間も無かった

私たちがさせられたこと:
名前を変えさせられ
ボタンの外しやすいアッパッパを着せられ
一日に50人の軍人の相手をさせられ
生理の時もさせられ
服も脱がず男根だけを出す軍人ともさせられ
あまりにも多くの男を相手にして歩けなくなってもさせられ
足を伸ばすことも体を曲げることができなくてもさせられた。

彼らが私たちに繰り返ししたこと:
ののしり 殴り
血まみれになるまで腹をえぐり
消毒して 注射して
また殴り
穴をあけ 穴をあけ

私たちが見たこと:
浴室で化学薬品を飲んだ少女
爆弾に当たり死んだ少女
銃に撃たれさらに撃たれた少女
壁に頭を打ち付けた少女
溺死するように川水に放り投げられた栄養失調になった少女の体

私たちに許されなかったこと:
体を洗うこと
出歩くこと
医師に診察を受けること
コンドームを使うこと
逃げること
赤ん坊を守ること
やめてと言うこと

私たちが貰ったもの:
マラリア 梅毒 淋病 死産 結核 心臓病 精神発作 憂鬱症

私たちが食べたもの:
飯 味噌汁 たくわん 飯 味噌汁 たくわん 飯 飯 飯
私たちがなったもの:
破壊され
道具になり
不妊になり
穴になり
血だらけになり
肉の塊になり
追放され
沈黙され
1人ぼっちにされ

私たちに残されたもの:
決して消すことのできない衝撃
死んだ父
無賃金
傷跡
男への憎悪
子もなく 家もなく
空っぽになった子宮
酒癖
罪の意識と羞恥心
何も 何も!

私たちにつけられた名前:
慰安婦
堕落した女たち

私たちが感じたこと:
私の胸は今も震えている

奪われたもの

私の生。

私たちは今、74歳
82歳
93歳

目は見えなくのろいけど準備はできている。
毎週水曜日日本大使館前で
これ以上恐れること無く

私たちが願うこと:
今すぐに
私たちの話がこの世から消える前に
私たちが死ぬ前に
日本政府よ
謝れ どうか

慰安婦の女性たちに悪かったと
私に謝れ
私に悪かったと謝れ

私に
私に
私に

謝れ
悪かったと謝れ
悪かったと。


*イヴ・エンスラーは <ヴァギナ・モノローグ>の作者

        許玉汝・小川和子  共訳