鬼の爪

「アサリ、ハマグリ、白貝、さくら貝、ぶう貝、ツノ貝、イノメ貝、バカ貝、ニガニシ、真珠貝宝貝、カキ、緋扇貝、ヨメガサラ、サザエ、スガイ、シリダカ、ネコ貝、コガネエビス、ウノアシガイ、ホーゼ、アワビ、タイラギ、鬼の爪、マテ貝、カニのたぐい、エビ、形も色も大きさも味もそれぞれちがう海のものをとる楽しさを何にたとえよう」
   『葭の渚』石牟礼道子自伝 (藤原書店)

もう。もう、号泣寸前である。子どものころ、海に行くと、いっしんに貝を拾った。父がそういうことが好きでよく連れてってくれた。こんなにたくさんの貝の名前をわたし知らない。巻貝のたぐいは全部「にな」と呼んでいて、泳げないが、海のなかにもぐってになを採るのは好きだった。湯がいて、まち針をつっこんで、奥のほうの苦いところまで、うまく引っ張りだして食べる。それから鬼の爪。岩場を這って、スコップで、岩の割れ目にはりついているのを採る。わたし鬼の爪大好き。鬼の爪食べたい。

...

あんな豊かなところに、かつて私はいたのに、なんでそこにいられなくなったか、かなしい。貝採りに、またゆけないかしらと考えてみるが、父や兄や叔父は(生きて体が動くうちは)つきあってくれるかもしれないが、わたしひとりで帰省したら、父や兄にいらぬ心配をかけると思うし、かといって、うちの男の子たち連れて帰ったら、金もかかるし、疲れるし、足手まといにしかならないし、揚げ句、ママのわがままにつきあわされてどうだこうだと文句言うに決まっているので、いやだし。

さしあたり、石牟礼道子読んで、泣いて気を晴らそう。
鬼の爪、採りたいなあ。鬼の爪食べたい。何十年食べてないか。