愛媛の南予にいた子どものころ、冬になると、みかんは、どこでもらってくるのか、みかん箱ごとあった。毎日十個もそれ以上も食べるから、指がすっかり黄色くなっていた。
郷里をでてからみかんを食べなくなった。もともと金を出してわざわざ買う、ということもなかったからだが、食べてもおいしいと思わなくなったのだった。
兄が、みかんを送ったっていう。３０個ぐらいあるやろ、って言っていたが、もっとたくさんある。大きいし。これは食べきれないよ、と思って、私は隣にもっていき、パパは町内会長たちのところにもっていった。
それで、だいこんや白菜や自家製タクアンやキンピラゴボウ、もらって帰った。
みかん、なつかしい匂いなので、ひとつ食べてみて、立ち尽くした。
何これ。異様においしい。こんなのは食べたことがない。子どものころに食べていたのはこんなに大きくなくて、もっと小さくて、もっとすっぱかった。
兄に、届いたよって電話して、すごくおいしいけど、いくらぐらいするみかんなのってきいたら、発送は店にまかせたらしく、請求書もまだこないので、お金まだ払ってないらしいのだが、
「東京で一個２０００円で売られているのを見たことがある」って言う。
へ？
えええ？
みかんは全部で５６個あった。×２０００円？
「送ったのはそこまではせんよ。半分以下よ」
それにしても、だ。
私は知らなかったが、数年前に開発された新種で、紅まどんな、っていうのらしい。段ボールにごろごろはいって届いたが、本当は化粧箱に入って売られる高級みかん。
「自信もっておすすめします」って言う。いや、ほんとにおいしいけど。
半分以上は配ってしまったが。そんなに高価なみかんなら、もっとすこしずつ、もっとちがうところへも、配りようがあったんだけど。まあいいや。紅まどんなだって、あとで町内会長たちに言っといて。新開発の高級みかんだって。
兄がこのみかんのために、いくら使ったのか。
数千円じゃなくて数万円の単位だ。
まだ払ってないって、払えるのだろうか。
たぶんすこしお金が入ったから、送ってくれたのだろうが、兄のすることだから、１０万円使ってたって驚かないけど。
このひとのお金の使い方は、とんでもないんだ。あればひとにふるまうし、懲りずに賭け事するし。かと思うと、全然金なくて、１週間食べてない助けてくれって、電話をかけてきたりするし。
このひとは、何度もお金で破滅してきた。この数年、金ないけどなんとか食える、程度で生きていたのが平穏だったんだけど。
米送ってくれ、って言っていたのが、みかん送るって言う。電話の音、警戒警報かしらと思うが、警戒警報、解除していいのかどうか。
それで兄が、わざわざふつうのみかんを送ってくるはずもなかったよなあ。
まあいいや。警戒警報でもなんでもいいや。私はこの兄が好きである。
それでもってみかんは、泣けるほどおいしい。
☆
思い出した。
私が高校生のころ、兄は博打で借金まみれで、家には毎晩ヤクザが金の取り立てにやってきて、母は泣いて土下座して、兄は真夜中まで逃げ回って帰ってこない、家じゅうがもう発狂しそうなときに、この兄は、私の誕生日に、どっからか金をつくってきて、かずみちゃん本を買ってあげる、って言う。好きなだけ買っていいよって言う。
そんな金あるなら、博打やめて借金返して母を泣かせるな、と思うには思ったが、それができるなら、こんな地獄はみていない。
本を買ってもらうことにした。
いくら使ったんだろう。一万円はゆうに超えた。あのころ、文庫本は１００円ぐらいだったから、とにかく抱えきれないほど買った。赤毛のアンシリーズ全部、とか。あと何買ったっけ。重くてふたりで息を切らして車まで運んだ。
それからケーキ屋に行って、その店に置いてあるショートケーキを全部の種類を買った。２０個か３０個あった。それで、ケーキは近所にも配ってまわって、私はひとりで３つも４つも食べた。食べきれなくて次の日も食べた。
もう笑うよりしょうがないような、ありえないぜいたくだった。
それからまた思い出す。
母が死ぬ前に、メロンしか食べなくなった。そのころメロン高くて、しかも季節外れだから、もっと高かった。父が、果物屋をまわって探して、一個数千円するのを買ってきて、母はすこしそれを食べた。
食べ残したメロンを、私と弟が食べた。
週末に帰省する度、メロン食べた。あのメロンはおいしかった。
飽きるほど食べた。ありえないぜいたくだった。
☆
紅まどんな、検索する。
楽天でも売っている。テレビでも紹介されたんだね。
http://
安いのもあるよ。
自信もっておすすめします。この時期にしか食べられないらしいよ。
