星ヶ丘ゆき

kazumiの日常雑記

紅まどんな

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来た!紅まどんな。
兄が送ってくれたのが届いた。数えたら51個ある。半分、義父母さんとこにもっていくんだけど。ふるえる。さっそく2つ食べた。おいしい。
こないだ、そごうで見たら、紅まどんな、12個入り8000円(大玉は9000円)+税だった。高級みかんなのだ。

さすがに地元の青果市場でそんなにしないだろうが、教えてくれないけど、安くはないはずで、昔っから、兄のこういうときの気前の良さは、すごいなあと思う。私は絶対真似できない。
で、日頃は、金のやりくりできなくて、病院に行く金がないとか言っている。

まあとにかく、1個750円とか800円とかするらしい、高級みかんをぱくぱく食べているのだ。ありえない。
今年、みかん農家は豪雨でひどい目にあったので、すこしは復興の役に立つのかな。ぱくぱく食べる。


数日前は、街に降りて、友だちと、牡蠣食べた。各種牡蠣料理食べた。
息子が、牡蠣もだけど、貝の類、蟹やエビの甲殻類、いっさい食べないので、わが家の食卓に牡蠣はのらない。
たくさん食べた。幸せだった。

豪雨で寸断していた呉線が全線開通したらしく、昨日息子は、オタクな先輩や同級生たちと、呉線に乗りに行った。ビデオ撮ったり、旗振ったりしたらしい。
息子が車窓から撮った映像を見たんだけど、土砂崩れの跡とか、黒い土嚢が積み上げてあったりとか、被災の傷跡は生々しかった。

車窓からの街並みの映像えんえんと見せられても、私は退屈だけれども、100年後に見るとしたら、昔はこんなだったんだー、とか面白いかもね。

 

 

2019カレンダー

今年もそろそろ終わります。1年間たいへんありがとうございました。パアララン・パンタオの友人のみなさまには、ご支援まことにありがとうございます。
さて、パアラランの子どもたちの絵で来年のカレンダー(A4コピー用紙3枚)つくりました。来年初めころまでに寄付くださった方にお送りします。

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去年から、パアラランは、これまで受け入れることのできなかった3歳児からの幼児教育に取り組めるようになり、教育の裾野を広げることに貢献しています。
パアララン・パンタオという学校がよりどころになって、地域もよりよいコミュニティーへと成長しています。

パアラランの先生たち(以前は生徒たち)は、最近は毎年のように、教員採用試験にパスして、学校の先生になっています。(今年もパスしました。リサ先生おめでとう)パアラランは、若い人たちの就職、教職のためのステップとしての役割も果たしています。

パアラランの運営は、わたしたちからの寄付でなりたっています。今年度は、とても厳しくて(3月に会計報告いたしますが、昨年までと比べて大きく減っています)、現場では教師の数を減らして、奨学生のボランティアにお願いしたり、工夫に工夫を重ねてやりくりしていますが、たいへんしんどい状況になっています。

貧困地域の子どもたちの、学びの最初のステップのために、パアララン・パンタオは、とても大切な学校です。私たちが学べることもたくさんあると思います。助けていただけると、うれしいです。どうか、よろしくお願いいたします。

郵便振替 番号00110-9-579521
     名称 パヤタス・オープンメンバー 

 ホームページはこちら→パアララン・パンタオ

 

ショボーン

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修学旅行から帰ってきた息子のお土産は、これ。秋葉原で買ったんだって。
おいしかったです。バナナチョコ大福。
自分のために買ったのは、これ。

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一緒の班の男の子たちは「お人形さん」を買ってたらしい。お店3軒ほどまわって、東京自由行動は終わり。
カメラ禁止だったし、福島の研修施設では建物のなかで英語のレッスンだったわけだから、お土産話もとくにないのよね。「猪苗代湖ぐらい見たかったよ」とぼやいてはいた。でもレッスンは楽しかったらしい。
福島から発送した荷物が届く。荷物のなかにお土産の紅茶がひとつ。

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あとは行き帰りの新幹線で食べるために買った駅弁の包装紙(これ大切)。

それで一日休みで、今日から通常授業。
午後、バス会社から電話がかかってくる。息子、補助バッグをバスのなかに忘れたらしい。それで学校から会社に電話して、探してもらったらしい。近くの営業所で預かってくれているらしい。取りに行ってやらなければ。
そういえば。小学校の初めころ、登下校でバスに乗るんだけど、手荷物をしじゅうバスのなかに忘れてくるので、あっちこっち取りに行ったし、とうとう手荷物すべて、ランドセルに太い輪っかつけて、それにぶらさげるようにしたんだった。
バスのなかに忘れものって、もうずっとなかったんだけどな。
自分でバス会社に連絡したのは立派。成長したよね。

今日あたり、修学旅行前の定期考査の答案がかえってくるだろうから、
ショボーンの顔だろうな。

お絵描きの秋

秋の油絵教室。5回目最終日。毎年へんなもん描いているけど、色に触れるのが楽しい。高校の芸術で美術を選べなかった残念さを解消。

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今日で終わりなので、つきあってもらったリンゴ、もらって帰る。

息子は今日から修学旅行。早朝、電車に乗っていった。修学旅行、というか、イングリッシュキャンプとかで、3泊4日の研修。収容所、とかハリー・ポッター屋敷とか言っていたけど。福島のどっかにそういう施設があるらしい。最終日、東京で3時間だけ自由時間があって、オタク男子たちは秋葉原に行くらしい。
息子はでかい時刻表をリュックに入れた。
彼のバイブルですね。

旅慣れた顔で出かけていったよ。

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お絵描きもう一枚。1994年パヤタスで撮ったピンボケ写真から。

 

黙市

もらった柿を食べ終えた頃、ある日、外に出ると、玄関先のバケツのなかに、また柿がひとふくろ置いてある。数日後には、キウイがひとふくろ、置いてある。「ごん、おまえだったのか」と言いながら食べているが、たぶん、まちがいなく、お隣からの差し入れだと思う。

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こういうとき、たちまちお家の呼び鈴を鳴らして、お礼を言いに行く、ということをしないとマズイ、人たちもいるが、無駄に呼び鈴を鳴らさないでほしい、人もいて、私もお隣さんもそっちなので、畑で見かけたらお礼を言おうと思っているけど、まだ見かけないので、言ってない。
ほとんどおしゃべりしないのに、互いに、何か似たところを嗅ぎ当てていて、微妙に通じ合うところもある感じ。
会話はたぶん、「食べて」の3音があれば多いほうで、無言でうなずく、とかそんな感じ。

黙市(だんまりいち)という言葉を思い出す。津島祐子の小説のタイトルだった。...
向かいの森の紅葉がきれい。

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街歩き

 

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日頃なかなか街なかには降りないのだけど、木、金と2日続けて降りて、友達に会った。友達に会えると、それだけで、よい一日だったなと思う。
みなそれぞれに忙しい人生のなかで、つかのまでも、一緒の時間を過ごせるというのは、うれしいことだなと、思うようになった。

降りたついで、
私ははじめて、観光スポットを巡回するバスがあることを知ったよ。で、平和公園前からバスに乗って、現代美術館へ。「丸木位里・俊《原爆の図》をよむ」展。
いや、凄かった。原爆の図は、いくつか、いままでも見たことはあるんだけど、こんなに一度にたくさん見たのははじめて。めまいがするほど圧倒的。
原爆の図のオリジナル版と、再制作版が並べてあって、
どちらも怖ろしいんだけど、並べて気づいたのは、オリジナル版の美しさだった。
ただおどろおどろしい光景があるというだけではなくて、美しいものが傷ついたのだ、ということが伝わってくる。絵のなかに時間が流れていて、痛みがある。

これはすごいなあ。
見ることができてよかった。俊の若い頃の油絵にも親しみを感じた。

別の展示室では、この子を見てしまった。一度見たら忘れられない顔だよね。岡本太郎くん。
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きれいな秋の日で、森のなかを、どんぐり踏みながら歩いた。