7月6日は

異様な1日だった。
先日の台風から、ずっと雨。警報が出たり消えたりして、息子は午後はやく帰ってきたり、昼から学校に行ったり、落ち着かない日々だったが、今朝はいつも通り学校へ行った。文化祭なのである。そのあと、雨音が激しくなり、それなりに心配でテレビはつけっぱなしにしておいた。
すると突然、オウム真理教の麻原死刑囚の死刑執行のニュースが流れ、驚いて見ていたら、やがて、他の死刑囚、当時の弟子たちの死刑執行が順番に報じられる。その報道の気持ち悪さに見るのをやめた。これから死刑執行しますよ、しましたよ、とライブ中継のような報道の仕方ってあるだろうか。

23年前の事件当時のことも思い出した。東京にいたんだけど、あの異様な数か月間と、胸の痛さと。あのとき私、同世代の信者たちの姿に、シンパシーを感じた。自分に似た人たちがいると思ったのだった。
あれは、私に、青春の終わりを告げた事件だった。
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思い出して探したら、見つかった。死刑執行された井上嘉浩被告(当時)の陳述。1995年10月13日付東京新聞。衝撃を受けて切り抜いていた記事、奇跡的に手元に残っていた。見る度に胸が痛くて捨てられずに来たのだった。追悼に代えて載せておきます。「私たちの目的は菩提心を培い真に覚醒することにあったはずである」。




7月6日、という日。何かあった気がして、しばらくして思い出した。
  『この味がいいね』と君が言ったから七月六日はサラダ記念日 (俵万智
思い出して気が抜けたけど。俵万智さんも同年代。そのような明るい青春が一方にあり、もう一方に、オウムの弟子たちのような青春があった。

あのころ、バブルの時代の、生きやすく楽しげに見える世の中で、でもそんな嘘くささのなかで生きられなくて、もしかしたら人間以上の何かになろうとして、墜落したイカロスの群れ。事件のあと、私、すこし長い文章を書いた。「偽善の領土、子供の王国、破壊の夢」というタイトルは覚えている。でももう読み返す勇気がない。
オウムのVXの被害者でもある、永岡氏が「憎しみなんかない」「あんな好青年たち」と彼らのことを語っていたことに、すこし救われる思いがしている。

死刑制度。国家がそんなことができるということが、相当に気持ち悪いのだが。

同世代に、あんなに痛ましい、悔しい青春があったことを、私は忘れたくないし、忘れられないと思う。はからずも、7月6日はオウムの命日になった。

息子が学校に行ったあと、警報が増えて、生徒帰宅。お昼頃に帰ってきた。そのころからJR止まるし、帰宅困難な生徒もいたんじゃないかしら。夕方、避難勧告で、町内会の連絡網回して、つづいて特別警報だが、このあたり避難先が遠いし、そこまで行くのが危ないし。家の向かいが森なので、雨の音がひときわ大きく響くなかに、救急車の音が混じると、なんかもう不穏な夜。
空が、大号泣。

 

 

 

グレーゾーンでつく嘘は

学校に漫画を持っていくのは、禁止である。ところが、ライトノベル好きの男子が朝読用に持ってきている本には、相当にエロチックなイラストが描かれていたりして、おおっ、とみんなでのぞきこんだりする。「グレーゾーンというところですかね」と息子。

下校途中の買い食いも禁止である。一般的な公立中学校の校則に準じてはいる。こないだ大勢の校則違反発覚で、学年集会で叱られたばかりの、その直後、洪水ちゃんは、いつものように駅で買い食いをしていた。
それで男子たちが、それを責めたのである。すると洪水ちゃんは言った。「買っていない、食べていない」もちろん嘘である。その嘘をまた責められる。すると洪水ちゃんは先生に訴えた。「ひどいんです、みんながわたしが買い食いしたといっていじめる」。で、したかしなかったかを問われると、「店に入っただけです」という。それはそれで、営業妨害じゃないの?みたいな話になって、ほんとにどうでもいいことながら、おかしかった。

洪水ちゃんは嘘をつく。このことに限らず、こういう嘘はよくつく、と思う。
「嘘はよくない」と息子は言う。でも、きみだってそういう嘘は、家ではよくついているのである。
たぶん、買い食いしたかしないかで、責められるという状況そのものが、気に入らないのだ。その気に入らない文脈に、のりたくないのである。ひとたびその文脈にのってしまえば、買い食いした、おまえはよくない、反省しろ、みたいな話になるんだが、
洪水ちゃんは、買い食いが悪いと、全然思ってないし、反省する気はさらっさらっない、と思う。なのに、まるで悪いことをしたかのように責められる状況そのものが、彼女にとっては理不尽なのだ。この理不尽な文脈にはのらない、という意思が、「買い食いしてない」という嘘なのだ。
目撃者がいても、レシートをつきつけられても、防犯カメラに映っているのを見せられても、洪水ちゃんは認めないかもしれない。似ているかもしれないけど、誰か別のひと なんじゃないですか、ぐらいは言うかもしれない。(それは私の場合かも)。

公立中学の買い食い禁止のきまりは、通学範囲が限られているから、まあまあ妥当性もあるのであって(それだって守られているわけではない)、市外から通っている子もいる学校で、守れるはずがない、と思う。
男子たちの言い分は、叱られたばかりだろう、また連帯責任で叱られるのはやだよ、ということだったり、洪水ちゃんかまって遊んでるだけみたいなことでもあるから、なんてことない話なんだけど。洪水ちゃんの嘘のつきかたは、身に覚えもあってなつかしいな。嘘をつくとか、言い訳するとか、私もいろんな場面で、叱られたり憎まれたりしてきたものだけど、こちらにしてみれば、

私に嘘をつかせる世間のほうが、イカレているのである。
と言いたかったも。果てなく嘘をつきながら、嘘をつかせる世間をきらいだった。

洪水ちゃんに買い食いをやめさせるにはどうすればいいと思う?
と息子と話す。買い食いに限らず、いろんなことで、先生たちは洪水ちゃんに注意しまくっているのだが、さっぱり効き目がない。ないと思う。
買い食いは、洪水ちゃんが、私は買い食いをしない女の子になる、と思わない限りは、やめさせられない。世間ルールと自分ルールが対立するとき、必ず自分ルールが優先するのが、洪水ちゃんなので、買い食いしない、が自分ルールになったときだけ、洪水ちゃんは買い食いをやめる、と思う。
世間ルールに従えさせたいなら、そちらのほうが価値がある、ということを納得できないといけないんだけど、買い食いなんてなあ、したっていいじゃんって話だしなあ。

宿題の提出等もしていなくて、叱られていたらしいんだけど、成績はいいし、勉強しない子ではないのだ。そこもたぶん自分ルールがあって(たぶんお父様の方針もあって)家庭学習はがんばっていて、英語も数学もずいぶん先まで行っているのだが、いかんせん、学校ルール(宿題)にまで対応できる余力がないんだと思う。

自分ルールと世間ルールの兼ね合いを、なんとかうまくやっていければいいんだけど、なかなかたいへんだろうなあ。

息子はいまのところ、学校ルールと自分ルールとの間に矛盾がないので、平和そのもの。

 

 

 

 

 

 

 

羊と鋼の森

日曜日が1日で、映画割引の日なので、息子を誘って映画に行く。
羊と鋼の森」。原作もふたりして読んだので。
息子と映画って久しぶり。たぶん、バケモノの子、以来かな。
ピアノの音も風景もきれいで、こころよかった。本を読んだのに内容はすっかり忘れているから新鮮だった。
ピアノの場面では、息子、指を動かしながら見ていた。
原民喜の言葉がよかった。

明るく静かに澄んで懐かしい文体、少しは甘えているようでありながら、きびしく深いものを湛えている文体、夢のように美しいが現実のようにたしかな文体
 
原民喜「沙漠の花」

またすぐに忘れるから、メモメモ。


国語の試験範囲に俳句の鑑賞、というのがあって、
鑑賞文の書き方を聞かれたから、たとえば10点分あるとして、季語と季節ぐらいは書くとして、2点もらえればいいとする。あとの8点分はあきらめる。あきらめたうえで、自分が思わなかったことは書かない、ことが大事。思ったことだけを書く。点を失っても、自由を失ってはいけないんだよ。自分が思ったことだけを、自由に書けるだけ書く、みたいなことを言っておいたんだけど、
10点満点の9点もらっていた。漢字、比喩の「喩」を間違えて、マイナス1点。
よく書いたな。

 じゃんけんで負けて蛍に生まれたの 池田澄子


じゃんけんで勝っても、きみはきみに生まれたかったかしらね。

 

 

 

天動説

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小学校のときに一緒で、地元の中学にすすんだ子たちについては、ほとんど何も知らないのだが、I君経由の情報で、Aはいじめられて不登校になっている、Bは背が伸びなくてまだ145センチくらいだ、と聞いた息子は、驚いた。
Aは息子をいじめた子のひとり。体も大きくて恐ろしかったのに、あいつがいじめられるなんて。Bは息子を「チビ」といつもばかにして呼んでいたのだが、いまはBのほうがずっと低くなってしまったということか。

定期考査の社会科の答案、持って帰っていたので、ひょいと見たら、時差の問題ができてないっぽい。時差は、これまでも連続で点を落としているところなので、試験前夜に最後に復習して、わかった、大丈夫、と言っていたんだが、できなかっただね。引き算のところを足し算した、と言う。ついでに理科の範囲は天文だったんだけど、それもよろしくなかった。満月と新月が逆、西と東が逆。
そういう間違いは私もやった、気がする。で、解けるようになった、記憶はない。

それはおまえの頭のなかが、まだ天動説のままだからだ。
と、なんか飛躍ありそうだが、間違う理由について、息子を納得させてしまったパパの見解。

西洋で、天動説か地動説かで火あぶりをしていた、そのはるかはるか昔から、東洋では、万物流転していた。星が動き月が動き、すべてが動くなら、この地面も当然動いている、という悟りがあったのだろう。

という話に感心したからといって、問題が解けるわけでもないが、息子、自分のことは棚にあげといて、まわりの同級生たちの天動説はよくわかる。
ほとんどみんな天動説で、自分中心で、自分に都合がいいから、あるいは悪いから、人をいじめたりからかったりしているわけだが、それが、次には逆にいじめられたり嫌われたりするわけだから、なるほど万物は流転するし、こいついやだ、と思う連中は、たしかに頭が天動説だ。自分の好き嫌いや印象で、人をばかにして恥じない。

社会科は公民に入り、少子高齢化核家族、大家族の話。それで祖父母が県外の人ときかれて、3割ぐらいは手をあげる。どこの県かときかれたIが、山口、と答えると、私も、と洪水ちゃんが言う。ぼくも、とぼくも思ったが、ぼくは言わない。
思うに、常識的な振る舞いといっても、洪水ちゃんにはなんのことかわかんないよ、ひとつひとつの場面で、このようなときには、こういう態度がいいとか、ここではしゃべらないとか、ひとつひとつ言ってあげないとわからないよ。
と、息子が言う。おお。


その通りだと思うよ。広汎性発達障害の広汎性の意味は、汎化ができないということなのだ。すべての場面について、ひとつひとつ。具体的に。曖昧にではなく漠然とでもなく明瞭に。明文化して、なぜそうでなければならないかのきちんとした説明が、必要なんだけど、たいていの子はそれを省略されるから、何も教えられてないことについて、なぜ適切な振る舞いができないのかと責められて困惑する。

その子がわかるようなやり方では、何も教えられてないので、自分ルールで生きるわけだけど、自分ルールとまわりの天体のルールとの兼ね合いや、適切さ不適切さの判断について、教えてくれる人もいない、相談できるところもないまま、育ってゆかなければならないので、本当にしんどい。大人になって、死ぬかもしれないほど傷ついてようやくわかること、というのはある。人生が手遅れになっていなければラッキーだ。

とはいえ、とはいえ。話してわかるなら、話は簡単なので、話しても話しても話しても、通じなくて泣きそうな気持になることは、君に対してももちろんあるわけですけどね。

納得させてほしいツボ、があって、そのツボをはずされている以上は、何があっても納得できない仕組みになっている、と思う。そのかたくなさには、目に余る愚かさがあり、と同時に、何か尊厳がかかってる。なかなか、たどりつくに難しく思うのですけど、たどり着けると、楽しい、生きている醍醐味ほど楽しい、と思う。

 

天罰とか陰陽師とか密告とか

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息子、学校から、いじめに関するアンケートを持って帰ってきていた。何も書くことはない、と言う。「陰キャ、死ね」と言われるが、書くほどのことではないらしい。
それに、人を陰キャ認定している騒がしい連中が陽キャというんなら、ぼくは陽キャになんか絶対なりたくない。陰キャ上等、なのである。
それで、陰キャとも陽キャともつきあえる人を、陰陽師、と言うのだそうだ。笑ったね。

さて、息子に「陰キャ、死ね」と言ったKは、ある朝、始業前に廊下でスーパーボールを投げて遊んでいたのが、Kが投げたボールがまさかの火災警報器に命中で、サイレン鳴り響き大騒ぎになって、まあ、Kと遊んでいた数人はそのまま生徒指導室かどっかに連行されてゆき、その日は教室に戻ってこなかった。
「天罰だね」と学年トップの女子は冷たく言い放ったらしい。
「謎の連帯責任」(と息子は言う)とかで、臨時の学年集会もあったらしい。それが定期考査直前の週末。K以外の数人は週明けには教室にもどってきたが、Kは一週間ほどしてようやく教室に戻ってきた。
そのKが、これまで息子の名前を呼んだことがなかったのが(しかし、以前に噂になった女子の名前で呼んだり、からかったりなので、息子は断固無視していた)、あるとき君つきで息子の名前を呼ぶのでしょうがないので返事したら、それから、ふつうに名前を呼んで挨拶してくるようになったらしい。(しかし、どこに落とし穴があるかわからわからないから気は許さない、と息子は言っている。)

学校に騒ぎのもとのスーパーボールをもってきたIは、そのあと、漫画をもってきているのを見つかった。それでIは、俺だけじゃない、と言ったのだった。持ってきていたのはもちろん漫画だけじゃないので、許可なくスマホを持ってきているとか、それを授業中に見ていたとか、みんなのことを密告した。
また「謎の連帯責任」学年集会があり。それで、いじめアンケートとあわせて、それら校則破りについて、自己申告および、目撃したことを書くための用紙を持って帰っていた。

息子、自己申告については、学校帰りに自販機でジュースを買ったとか、バス通学なのだが、寄り道をしてわざと違う路線に乗って、遠回りをして帰ったとか(乗ったことのない路線なので一度乗ってみたかったらしい。むろん親には内緒だった)だが、目撃はたくさんある。一番腹立たしいのは、バスのマナーが悪い(騒いでうるさいので耳が痛い)ことで、それは書く。スマホについてもそのほかについても書く。ちょっと感心したのは、誰が、について、よく知らない人たちが、と書いているのだった。よく知らない人なので注意もできない、と言い訳するためでもあるのだろうが、もちろんよく知っている人たちだ。

で、ばれるものはばれる。Sは自分のことはたいして書かずに、他の人のことはすべてぶちまけて書いていたそうで、男女問わず、優等生たちも、次から次へとひとりずつ、呼び出されていたそうだ。
なかには、呼び出されたことがショックで、食事も喉に通らないほど落ち込んでいたという純情な男子もいたらしいんだけど。
ところで、息子は気づいた。あれこれ息子にしかけてきては、「おまえ先生にチクるんだろう」と言っていた連中こそが、ここぞとばかりによろこんで密告者になっているのだった。

ところで。洪水ちゃんは、定期考査の点数を「何点でしたか」と聞きに来たらしい。彼女の口からはなんでもこぼれてしまうので危険すぎる、「言いません」と息子は答えた。
洪水ちゃんが、遅れて教室に入ってきたとき、Oが彼女に中指立てて見せた。するとそれを見たHが、「○○、なんで中指立ててんだよ」と息子にぬれぎぬを着せたらしい。ぼくじゃないと言ったが、おかげで、みんなに変な目で見られた、のが、今日のむかつく出来事。
Hはあれこれ声をかけてくるが、ちゃんと名前で呼ばない限りは絶対返事をしない、振り向いたら負けと決めて無視しつづけている、そうだ。次に天罰くだるか自滅するのはHだろう、と息子は思っている。

というのも、小学校のときに、息子を脅してこわがらせた男子、が、いま地元の中学でいじめられて不登校になっている、という話を聞いて、息子は驚いたらしい。自分がしたことはいつか、自分の身に返ってくるよ、と思ってはいるが、本当にそうなんだ。

さて、洪水ちゃんだが、自分はどうもみんなに嫌われているらしい、相談にのってほしいと、特別支援担当の先生にカウンセリングを申し込んでお話ししたらしい。常識のある振る舞いをして、と言われたらしいのだが、さて、教室にもどってくるなり、洪水ちゃんはラアラアとお歌を歌っていたそうで、だからそこが、と息子は思ったらしいんだけど。で、そういうことが全部息子の耳に入っているっていうことは、洪水ちゃん、全部しゃべってるんだな。


 

 

生きる

沖縄の慰霊の日に、14歳の女の子が読んだ詩。素直で力強くて、風土のように体温がある。朗読の声も音楽のように、こころよい。こんなに健やかなものがある。なんか、うれしくなった。このうれしさは、とてもよいものだ。
このあたりを貼っておこう。

沖縄慰霊の日:平和の詩「生きる」全文 - 毎日新聞


最初に目に留まったのは、女の子の名前だった。私の、死んだ友だちと同じ名前だったので。読み方は倫子(みちこ)だったけど。小学校6年の1年間同じクラスだった。小さい頃から病気で入退院を繰り返していて、その1年間だけ、学校に通えたのだったと思う。翌年はまた入院して、11月に亡くなった。
帰り道が一緒だったので、毎日一緒に帰っていた。駄菓子屋でみっちゃんに借りた10円玉のいくつかを私はたぶん返していない。忘れていただけだったんだけど、思い出したときには亡くなっていて、やがて、みっちゃんの家のあった市の古い団地はまとめて取り壊しになったので、家もわからなくて、とうとう返しに行けなくなった。
返せなかった10円玉が私の宝物だ。いつか、借金の利子が膨大に膨らんでしまって10円玉が大きな金塊くらいになったときに、その大きな金塊をあの子に返すことができたらいいなと思う。わたしが返せなくても、かわりに神さまがかえしてくれるだろうとも思っている。
みっちゃんの声も顔も、いまもはっきり思い出せる。ふしぎなくらいはっきり。

それから、沖縄の子どもの平和メッセージ展、のサイトで、何年分もの詩や作文や絵の優秀作が見られたので、見ていたんだけど、祈りの実感、というか、祈りに体温があることを感じた。生きることと祈ることが同じであるような、自然さ、健やかさ、力強さ。こういうところから生まれてきた詩なのか。

この子が書かなければ、なかった詩なのに、書かれたら、その詩が存在しないことを想像できないような、そういう詩。

 

 

 

 

エトワール

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蛍見にゆこうと思っていたのに、息子を誘ったら、試験前でそれどこじゃないとか、疲れているのにまた坂道上り下りするなんていやだとか、ふられて、そのまま忘れていたんだけど、昨夜、もしかしらもう蛍いないかも、と思い出して、せっかく近くに蛍が明滅するところに住んでいるのに、蛍見ないまま季節が過ぎるのも残念すぎる、夜中ひとりで懐中電灯もって、坂の下のポストに手紙落としがてら、川まで行った。いないかもしれないと思ったけど4匹ほど飛んでいた。
星や飛行機の灯、遠くの家の灯と同じほどの大きさで、蛍。
川のあたり真っ暗ななか、蛙がにぎやか、草の匂い、田んぼの匂い、水の音、風に鳴る森の音。こういう夜道を歩いていると、この道はこのままずっと、子どものころの景色にも、また別のなつかしい場所にも、つながって行きそうに思えるんだけれども。

暗闇のなかでちらちらする、あれこれの光を見ながら歩いていて、エトワール(星)という言葉を思い出した。「ジヴェルニーの食卓」(原田マハ)という本は、印象派の画家たちの物語、いくつかの短編のなかの、ドガの話が「エトワール」というタイトルだった、と思う。新しい画風が世間の嘲笑に晒されていたころ、14歳の貧しい踊り子をモデルに創作しているドガの言葉を、ときどき思い出す。
「闘いなんだよ。私の。──そして、あの子の」
蔑まれながら、エトワールを目指して生きる画家と踊り子の共感。

その言葉を、ほんとうにどこかで聞いたことがある言葉のように、私はときどき思い出す。
「闘いなんだよ。私の。──そして、あの子の」

庭のあじさい。各種咲きそろった。雨の日は、門のところ出入りする度にあじさいの花があたって濡れるから切ってって息子が言うけど、いやだ。
 
大阪の地震、お見舞い申し上げます。友人のみなさん、大丈夫だったでしょうか。疲れませんように。