白熊の子ども


 児童館の代替職員を何年かしていたことがあって、子どもと遊ぶのが仕事だったが、まあ、いろんな子がいた。今も何かの拍子に思い出す。

 4年生のユウトがあるとき、図書室で1年生の女の子ふたりを相手に動物図鑑をめくりながら、「おれ、これ飼ってる。これも飼ってる」と自慢していた。そこに載っているあらゆる種類の犬、猫、リス、タヌキ、うさぎ、などを飼っているらしい。女の子たちは「うそだ」とも言わず、ただ顔を見合わせてはくすくす笑っていた。
 みていると、ユウトが飼っている動物はどんどん増えていき、しかもどんどん大きくなった。白熊のページにきたとき、さすがに、これを飼ってる、と言うのはためらわれたのか、「おれ、こいつの子どもを飼ってる」と言うのが、おかしかった。そのとき私は何を言ったんだろう。白熊飼うのは難しいよ、とか、ふつうの家で飼えないよ、とか、まあ、そんなことを言った。ユウトはすると、「ぼくのおばあちゃんが飼ってる」と言ったのだった。

 問題児ではあった。みんなと平和に遊べない。だれかが泣くと泣かせたのはたいてい彼で、孤独とコンプレックスと甘えたい気持ちがいつもぐしゃぐしゃだった。職員を叩く勇気はないが、アルバイトなら叩いてもいいらしく、私は挨拶がわりに叩かれていた。体は大きいのでかなり痛い。痛くなく叩け、とその度に言っていたら、すこしずつ痛くなく叩くようになったのは感心だった。あんまりいたずらがすぎるので、一度だけ、私はユウトをひっぱたいたことがある。子どもに手をあげたのはそのときがはじめてで、ひっぱたいたあと、ずいぶん悩んだ。

 毎週のようにユウトの顔を見ていたが、最後に会ったのは6年生の終わり頃。「中学に行ったら、おれみたいな奴は絶対いじめられるんだ」と不安がっていた。「そうなったら母ちゃんのところに行こうかなあ」。彼の両親は離婚していて、彼は父親に引き取られていたのだ。「でも知らない土地だし、ここなら知ってるから、こっちのほうがいいよなあ」とか、ぶつぶつ言っていた。
 もう中学校も卒業したはず。高校生になったのかな。元気かな。

 愛媛の動物園で、飼育係が白熊の赤ちゃんを育てた記録を、テレビで見た。ごめん、ユウト。白熊の赤ちゃんは家で飼えるんだね。