重力


 重力は次元を超える、という話を聞いた。超ひも理論、とかいうらしい。が、なんのことだかわからない。高校でも物理は習わなかったし、さっぱりわからないのだが、何か心に残るのは、シモーヌ・ヴェイユの『重力と恩寵』という本のことを、思い出したからだ。かたや物理学、かたや哲学なのだが、重力は次元を超える、という言葉はそのまま、重力と恩寵、という言葉と響きあって聞こえた。

 『シモーヌ・ヴェーユ著作集』全5巻 (春秋社) は、20代半ば、3か月の失業保険で10か月暮らしていた頃に読みふけった。パンの耳ばかりかじっていた頃だ。「重力と恩寵」は第3巻に収録されている。

 「わずかな偶然がわれわれからいっさいを奪うこともありうるのだから、われわれは現世においてなに一つ所有していない「私」と口に出して言う力を除いては。これこそ神に与えるべきもの、すなわちほろぼすべきものなのだ。「私」をほろぼすこと、そのほかにわれわれにゆるされている自由な行為は皆無である。」

 「感謝はなによりもまず援助を与える人のなすべきことだ──もしその援助が純粋なものであるならば。」

 「宗教は、なぐさめのみなもとであるかぎり、ほんとうの信仰の妨げになる」

 「真理はそれが真理だから追求されるのではなく、それが善であるから探求されるのである。」

 「このどうしてもなくならない「私」、それが私の苦しみのどうしてもなくならない土台である。この「私」を普遍的なひろがりをもつものにすること。」

 「自分の救いをのぞむのはよくないことである。利己的だからいけないというわけではない (人間は自分の意のままにエゴイストになれるわけではないから) むしろそうすることが、魂を充溢した存在に向けず、無条件に存在する善にも向けないで、個別的で偶有的な可能性にすぎないものに向けることになるからである。」

          「重力と恩寵シモーヌ・ヴェーユ著作集から