うそつき

 「あなたはうそつきです」と、突然子どもに言われたりすると、それがお話(「しょうじきな木こり」金の斧、銀の斧、鉄の斧が出てくる話)のなかの言葉とわかっていても、どきっとする。やすやす暗記してしまう文章の、意味がわかっているのかどうかわからないが、大事なセリフを選んで喋るところをみると、物語のツボはなんとなくわかっているのかもしれない。
 
 昨日、所用で街に降りたついで、明るく晴れていたので、そのまま海を見に行こうということになり、港まで行ったら、天気はいいが、風がつよい。すこしだけ船を見て、それから長い間、港の模型に子どもは見入っていた。「でんしゃ、のりたいの」と言うので、途中まで電車で帰ることにする。とまっている電車に乗り込むと、最初の駅まで、お客は私と子どもしかいない。がらんとした明るい車内。すこし不思議な気分。子どもはいちばん前の席に立って、向こうからくる電車やバスや車を見ては、上機嫌。道路標識もいろいろあって楽しいらしい。
 
 帰りにスーパーで買い物するとき、「コロッケたべたいの」と子どもが言うので、コロッケを買って帰ったんだが、いざ晩ご飯のしたくをはじめると、「コロッケたべない」と泣く。「キャベツもいや、おさかなもいや」と冷蔵庫から出したのを、わざわざ冷蔵庫にまたしまう。どうやらレジ袋に入れたままのカップヌードル(安売りだった)が目にとまったので、それを食べたいのである。ぎゃあぎゃあ泣いているが放っておいて、「りくちゃんコロッケもおさかなもキャベツも食べなくていいよ、パパとママが食べるから」と準備して、それから、まだ泣いている子に、
 「あなたはうそつきです」と言ってみた。「りくちゃんがコロッケ食べるというから買ったのに」
 すると子どもはぴたっと泣きやんで、涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔で、しゃくりあげながら「ママ、ごめんなさい」と言うんであった。
 それからけろりとして「コロッケたべたいの」と口をあける。「キャベツもたべたいの」とまた口をあける。なんかもう、おもしろい。
 お話のセリフがこんなに効き目があるとは思わなかった。