大雨。
すごい雨。
夜の雨がささやき、なんてものではないが、思いだしたので。
韓国の詩人、尹東柱の詩。
☆
たやすく書かれた詩 尹東柱
窓の外に夜の雨が囁(ささや)き
六畳部屋は他人の国、
詩人とは悲しい天命だと知りつつも
ひとつ詩を書きとめてみるか、
汗の匂いと愛の香りが暖かく漂う
送ってもらった学費封筒を受け取り
大学ノートを小脇に
年老いた教授の講義を聴きに行く。
考えてみれば幼い頃の友人を
ひとり、ふたり、と皆失くし
僕は何を望んで
僕は唯、独り沈殿するのだろう?
人生は生きるのが難しいというのに
詩がこんなにもたやすく書かれるのは
恥ずかしいことだ。
六畳部屋は他人の国
窓の外に夜の雨が囁いているが、
燈火(あかり)を点(つ)けて闇を少し追い払い、
時代のように来る朝を待つ最後の僕、
僕は僕に小さな手を差し延べ
涙と慰安で握る最初の握手。
一九四二、六、三
(上野潤訳)
☆
昔、まだ20代のころ、東京で暮らしはじめて間もない、あれは秋の雨の夜だったけれど、「六畳部屋は他人の国」というフレーズが、耳についてはなれなかった。一方で郷愁はほとんど病のようで、かえりたい、かえるところがない、かえりたい、でもどこにかえりたいかわからない、と毎晩泣いていたような気がする。なんかどっか壊れはじめていた。
そんなわけで東京は、精神を病んだ土地、として何より強く記憶されることになってしまった。ま、そのおかげで理解できるようになったこともあるにはある。
私が壊れたのは私の勝手。
東柱の詩をひきあいにだすようなことでは、もちろんない。
でもあのとき、言葉は皮膚に食い込むようだった。
「六畳部屋は他人の国」
☆
6500円という高い本なので、図書館で借りた。
「空と風と星の詩人 尹東柱(ユンドンジュ)評伝」宋友恵(ソンウヘ)著 愛沢革訳、藤原書店。
まだあとがきと序文と最初の数ページを読んだだけなのに、目の奥がつんつんする。泣きっぱなしである。
評伝の初版序文には
「ほんとうに誠実な痛みは、それ自体でそのまま治癒剤ともなる」(宋友恵)と。
尹東柱を知らない人は、検索でもなんでもして、知ってください。
日本留学中に治安維持法で逮捕。
1945年福岡刑務所で獄死。享年27。
すごい雨。
夜の雨がささやき、なんてものではないが、思いだしたので。
韓国の詩人、尹東柱の詩。
☆
たやすく書かれた詩 尹東柱
窓の外に夜の雨が囁(ささや)き
六畳部屋は他人の国、
詩人とは悲しい天命だと知りつつも
ひとつ詩を書きとめてみるか、
汗の匂いと愛の香りが暖かく漂う
送ってもらった学費封筒を受け取り
大学ノートを小脇に
年老いた教授の講義を聴きに行く。
考えてみれば幼い頃の友人を
ひとり、ふたり、と皆失くし
僕は何を望んで
僕は唯、独り沈殿するのだろう?
人生は生きるのが難しいというのに
詩がこんなにもたやすく書かれるのは
恥ずかしいことだ。
六畳部屋は他人の国
窓の外に夜の雨が囁いているが、
燈火(あかり)を点(つ)けて闇を少し追い払い、
時代のように来る朝を待つ最後の僕、
僕は僕に小さな手を差し延べ
涙と慰安で握る最初の握手。
一九四二、六、三
(上野潤訳)
☆
昔、まだ20代のころ、東京で暮らしはじめて間もない、あれは秋の雨の夜だったけれど、「六畳部屋は他人の国」というフレーズが、耳についてはなれなかった。一方で郷愁はほとんど病のようで、かえりたい、かえるところがない、かえりたい、でもどこにかえりたいかわからない、と毎晩泣いていたような気がする。なんかどっか壊れはじめていた。
そんなわけで東京は、精神を病んだ土地、として何より強く記憶されることになってしまった。ま、そのおかげで理解できるようになったこともあるにはある。
私が壊れたのは私の勝手。
東柱の詩をひきあいにだすようなことでは、もちろんない。
でもあのとき、言葉は皮膚に食い込むようだった。
「六畳部屋は他人の国」
☆
6500円という高い本なので、図書館で借りた。
「空と風と星の詩人 尹東柱(ユンドンジュ)評伝」宋友恵(ソンウヘ)著 愛沢革訳、藤原書店。
まだあとがきと序文と最初の数ページを読んだだけなのに、目の奥がつんつんする。泣きっぱなしである。
評伝の初版序文には
「ほんとうに誠実な痛みは、それ自体でそのまま治癒剤ともなる」(宋友恵)と。
尹東柱を知らない人は、検索でもなんでもして、知ってください。
日本留学中に治安維持法で逮捕。
1945年福岡刑務所で獄死。享年27。