他人の国

大雨。
すごい雨。

夜の雨がささやき、なんてものではないが、思いだしたので。
韓国の詩人、尹東柱の詩。



  たやすく書かれた詩   尹東柱


窓の外に夜の雨が囁(ささや)き
六畳部屋は他人の国、

詩人とは悲しい天命だと知りつつも
ひとつ詩を書きとめてみるか、

汗の匂いと愛の香りが暖かく漂う
送ってもらった学費封筒を受け取り

大学ノートを小脇に
老いた教授の講義を聴きに行く。

考えてみれば幼い頃の友人を
ひとり、ふたり、と皆失くし

僕は何を望んで
僕は唯、独り沈殿するのだろう?

人生は生きるのが難しいというのに
詩がこんなにもたやすく書かれるのは
恥ずかしいことだ。

六畳部屋は他人の国
窓の外に夜の雨が囁いているが、

燈火(あかり)を点(つ)けて闇を少し追い払い、
時代のように来る朝を待つ最後の僕、

僕は僕に小さな手を差し延べ
涙と慰安で握る最初の握手。

一九四二、六、三
(上野潤訳)




昔、まだ20代のころ、東京で暮らしはじめて間もない、あれは秋の雨の夜だったけれど、「六畳部屋は他人の国」というフレーズが、耳についてはなれなかった。一方で郷愁はほとんど病のようで、かえりたい、かえるところがない、かえりたい、でもどこにかえりたいかわからない、と毎晩泣いていたような気がする。なんかどっか壊れはじめていた。

そんなわけで東京は、精神を病んだ土地、として何より強く記憶されることになってしまった。ま、そのおかげで理解できるようになったこともあるにはある。

私が壊れたのは私の勝手。
東柱の詩をひきあいにだすようなことでは、もちろんない。
でもあのとき、言葉は皮膚に食い込むようだった。
「六畳部屋は他人の国」



6500円という高い本なので、図書館で借りた。
「空と風と星の詩人 尹東柱(ユンドンジュ)評伝」宋友恵(ソンウヘ)著 愛沢革訳、藤原書店。

まだあとがきと序文と最初の数ページを読んだだけなのに、目の奥がつんつんする。泣きっぱなしである。

評伝の初版序文には
「ほんとうに誠実な痛みは、それ自体でそのまま治癒剤ともなる」(宋友恵)と。

尹東柱を知らない人は、検索でもなんでもして、知ってください。
日本留学中に治安維持法で逮捕。
1945年福岡刑務所で獄死。享年27。