領土と友だち

子どもの最近の愛読書は、まんが日本の歴史、である。
パンダが最初に日本に来たのはいつか、それはどうしてきたのか、と質問してくる。なつかしいなあ。日中国交回復のころだよね。
「平和友好条約だよ」って言う。

それから子どもが言う。「ところで尖閣諸島の問題なんだけど」
え?
「島はいくつあるの?」
3つかな。
「じゃあ、1つは日本にして、1つは中国にして、もう1つは共同にしたらいいんじゃないの」
それがそういかないから難しいんだよ。日本は全部日本の、って言うし、中国は全部中国の、って言ってる。どうするよ。
「うーん。考えなきゃ。じゃあ、ぼくが日本をやるから、ママは中国をやって」
あ? いきなりロールプレイングゲーム……ですか。いや、こういうきなくさい話、考えるのいやなんですけど。

「」は子どものセリフ。「」なしは私。だいたい次のようなことでした。




「島は日本のものだ」
いや、中国のものだ。
「どうやって証明するんだ」
おまえこそどうやって証明するんだ。
「うーん、山羊に聞こう。飼い主は誰だったか」
山羊の言葉を誰が通訳するんだ。
「オウムかな。……おい、飼い主は日本人だったって言ってるぞ」
うちのインコは、チャイナ、チャイナって鳴くぞ。
「でも地権者に20億払って買ったんだから、日本のものだ」
そんなの、まるごとインチキだ。
「日本をなめてるのか」
あたりまえだ。おまえみたいな小さな国。こっちは大きな国だし、おまえんとこの10倍人間がいるんだからな。
「大きいからって、いばっていいのか。」
考えてみろよ。大きくて人口が多いってことは、戦争するぞっていう人間がたとえ10人にひとりしかいなくても、日本人全部より多いってことだぞ。
「けんかふっかけてるのか」
そっちこそ。国有化なんかしやがって、けんかふっかけてるじゃないか。
「ああもう。平和友好条約があるのに、どうしてケンカしなきゃいけないんだ」
そりゃあ、だって、パパとママだって結婚してるのにケンカするじゃないか。
「ああ、そうか」

じゃあどうする。
国連に調停してもらおう」
どういう調停の仕方がいいか。
「うーん、パンムンジョムみたいなのが、いいんじゃないかな?」
パンムンジョム……ああ、板門店ね。38度線みたいにするわけ? 島の真ん中に小屋をつくって、机の真ん中に国境線ひくわけね。
「それでそこを、おしゃれなカフェにして、一緒にお茶を飲むんだ」
おお、おしゃれなカフェ。一緒にお茶飲むの、賛成。

「それとも独立するっていうのはどうかな?」
それは、尖閣諸島だけが独立するっていうこと? でも住人は山羊だよ。それとも、島は沖縄にあるから、沖縄が独立するのかな。
「沖縄は、江戸時代に薩摩に侵略される前は、独立国だったんだよ。地名だって、日本とは呼び方が違うしさ。だから、沖縄はまた独立するのがいいと思うよ」

ひとつだけ確認したいんだけどさ、領土と平和とどっちが大事?
「そりゃもちろん、平和だよ」
賛成。じゃあ、きっとまた仲良くやれるよ。

伝えなければいけないことが、いくつかはあるなあと思う。
大学生のころ、おかあさんは、日本人におじいさんとおばあさんを殺された中国の人に会ったことがあって、でもその人が「中日友好に尽くします」と言ったことを、とても大事だと思ったこと。
命がけで中日友好、日中友好に尽くしてきた有名無名のたくさんの人がいることを、何があっても忘れてはいけない、ということ。




夜になって、子どもは言った。学校の休み時間は一緒に遊ぶ人がいなくてつまらない。で、本を読んだり絵をかいたりしている。
みんなはどこにいる?
「外。でもぼくは外で遊ぶのつまらないし」
あのさ、違う場所にいて、一緒に遊ぶって、むりなんじゃないかな。

徹底的に運動ができない、まわりと話があわない、群れのなかだともっぱらいじめられるアスペルガー症候群小学3年男子、どうするか。

私、はどうしていたかなあ。
たぶんクラスでいちばん弱いグループの子たちがときどき仲間に入れてくれた。あとは図書室とか、床下とか天井裏とか。だれもいない場所を見つけて、自分の領土にするのが遊びだったが、いまどきの学校はそんなことをゆるしてくれそうもないなあ。

誰かと一緒に遊ぶって、本当はずいぶんむずかしいことだよ。
でも、ずいぶんむずかしいってことがわかっている人が、いつかは素敵な友だちと一緒に遊べるようになるんだよ。心配いらない。




「あの友だちがヒツジをつれて、どこかへいってしまってから、もう六年にもなります。あの友だちのことを、いま、ここにこうして書くのは、あの友だちを忘れないためなのです。友だちを忘れるというのは、かなしいことです。だれもが、友だちらしい友だちをもっているわけではありません。」

って、星の王子さまは言っていた。
行方のわからない、互いに不器用にしかやりとりできなかった、幼なじみの女の子のことを思い出す。ちょっと泣きたい。