何度でも

日曜日。思い立って、ターシャ・テューダー展を見にゆく。午後のバスに1時間ほどぼんやりゆられているのは、たまにならいい。 チケット売り場に並ぶと、前にいた人が、招待券が余っていますから、とゆずってくれて無料。ありがとうございます。

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ターシャさんの手はいつも忙しく動いていただろう、と思う。つつましく生きるために、大胆不敵な心がいるのだ、と思う。シンプルな人は信じられるし、シンプルに生きることは難しい。



夜、ぼくは、よく6年間学校に通ったよねえ、と息子が言うので、そうだね、えらかったね、と言ってやる。すると息子、いろいろと思い出すらしく、2年のときは学級崩壊だったし、3年のときはあの女子にぶっ殺すって何度も何度も言われたし…と話しはじめて、今のクラスは、授業によってはとても騒がしくなり、そのうるささを我慢しなければならないだけでなく、先生に叱られるのまで我慢しなければならないのが、もういやだ。ぼくが注意しても、無視されたり逆切れされたりするし、いやだいやだとぐずぐず言う。えんえんとぐずぐず言う。
そういえばこの子は、入学した頃は耳栓をもって登校していたのだし、たしかに、それはしんどいんだろうと思う。
どうしたいの、と聞いたら、さわがしいのから逃れたい、と言う。(中学受験すると言い出した理由もそれだったな)。
どうしようか。

クラスのさわがしいのは、きみには変えられない。きみにできることは、我慢すること、または逃げること。逃げる方法は、まず学校に行かない。または学校には行くがその授業のときだけ、保健室かふれあい教室に行く。または早退する。どれを選んでもいいよ。きみがどれを選んでもいいということにしてくださいと、先生にはお願いしといてあげる。

ということで、月曜日の朝、息子が登校したあと、学校に電話した。
帰ってきた息子に聞くと、先生は、いつもさわがしい音楽の時間が始まる前までに、どうしたいか決めなさいねと言ってくれたそうで、わかってもらったら、彼はそれで安心したんだろう、授業に出ることにしたら、その時間は、今まででいちばん、騒がしくなかった。インフルの欠席者が多いせいかもしれない。卒業式の歌の練習だったせいかもしれない。
例の5組の子たちにからまれることもなく、パニックも過呼吸もなんにもなく、一日は平和に過ぎたようだ。

「何度でも、何度でも、何度でも、よみがえるさ~♬」
と帰ってからずっと歌っていたが、ゾンビか。

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でも疲れてはいるんだろうな。私の膝の上にきてごろごろごろごろしていた。

夕方、畑で探してみる。出ていた。ふきのとう。春が来るね。

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