韓国② 釜山~ソウル

釣り、と言っていた。
韓国で、たぶんまだ海外渡航がそんなに自由でなかった頃、釜山港から遠くないところにある日本語学校に通っている学生たちが、港に、韓国旅行に来た日本の学生たちを「釣り」にくる。そして、学校に連れていって、自分たちの日本語の先生にしちゃうのだ。そんなふうに、釣られたらしい友人から、その学校の住所と名前だけは聞いていた。

1984年10月。フェリーのなかで、どこへ行くの、と私に荷物運びを手伝わせたお姉さんに聞かれたので、その住所を見せた。釜山に着くと、彼女がそこまでタクシーで連れていってくれて、別れた。

どんな漢字だったろう、ハンリン学院というところ。国際市場の近くにあることはあとでわかることだが、細長いビルのなかに入っていったら男の先生がいて、30代か40代か。日本語はものすごく上手で、釣りが趣味らしく、日本のいろんなところで釣りをして、私の故郷の宇和島にも行ったことがあるという。「宇和島の人は頑固だね。世界で自分が一番えらいと思ってるでしょう」と言うので驚いた。いや、まったく同感だったので。
それからやってきた学生たちに紹介されて、彼らに面倒みてもらって、釜山の3日間は過ぎたのだった。

そのときのことを、以前、旅のフリーペーパーに書いた。

釜山の友だちhttp://kazuminogi.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/post-b7fa.html
陜川(ハプチョン)の友だち http://kazuminogi.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/post-b77e.html

☆☆

さて、それから27年後、釜山港を出た私は、駅へ行こうと思った。歩けない距離ではないと27年前の記憶は語るので、歩くつもりだったが、右へ行くのか左へ行くのか。街角の地図を見ていると、どこへ行くの、と男の人に声をかけられた。
「駅」と言うと、地下鉄で行きましょう、地下鉄はこっち、と連れていってくれる。
そのおじさん、といっても同世代だな、は下関の人で、しょっちゅう海を渡ってくるらしい。たいてい家族連れで、こちらの友人に会ったり買い物したり、ということらしいのだが、下関にいれば、家族旅行をするのも、国内旅行より釜山に渡るほうが、断然安くて楽しいだろう。おじさん、自分もそっち方面に行くからと、地下鉄の切符も買ってくれて、乗せてくれた。

もよりの駅で別れて、どっから地上に出るんだろうと思っていると、今度は目の前にあらわれた掃除のおばさんが、あんたどこ行くんだ、という顔をして見るので、「KTX(韓国新幹線)」と言ったら、手招きして、エレベーターに一緒に乗ってくれて、釜山駅が見えるところまで連れていってくれた。

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あれよあれよという間に、着いてしまった、釜山駅は、見るからにきれいで新しい。私の知っているのはこんな大きな駅ではもちろんなかった。
駅前広場もとても広い。広場の一角で、何か展示をしているので見に行ったら、去年、11月23日に起きたヨンピョン島砲撃事件の写真展示のようだ。

 
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もう1年たったのか、まだ1年なのか。
去年、ちょうどその2日前の21日に、「朝鮮学校無償化除外反対アンソロジー」の最初の朗読会を、広島の朝鮮学校で行なったばかりだった。無償化の問題は、適用するといい、除外するといい、生徒や先生や親たちを苦しめたあげくに、夏を過ぎて秋になって、ようやく適用の運びになったところだったのが、このヨンピョン事件を理由に、また適用停止、ということになったのだった。
最初の除外から何ヶ月間もの憤りや怒りや不安を、ようやく喜びのほうへ向けられる、と思った矢先の仕打ちは、ことに残酷に思えた。
いったい、拉致問題も砲撃事件も、子どもたちに何の関係があるだろう。

Img_2716 あれから1年たって、やめぎわの前総理が、適用停止を解除したが、ことはすすんでいそうもない。それどころか、あちこちの地方自治体で朝鮮学校への補助金カットという事態が出現し、さらに東北の学校は、震災でも被害を受けた。

そこにあらわれたのが、韓国の「モンダンヨンピル(ちびた鉛筆)」という映画監督や俳優さんたちのグループで、日本の朝鮮学校の支援に乗り出した。それで「アンソロジー」のダイジェスト版と朝鮮学校の子どもたちの絵にエッセイを添えた本の2冊を韓国で出版して、その収益で朝鮮学校を支援しようという運びになり、その出版記念の朗読会が、ソウルで開かれることになった、というわけだった。

教育は、現実的にはいずれかの民族の言葉で行われる民族教育なのであり、だから、教育の権利は、民族教育の権利にほかならない。それは、普遍的かつ基本的な人権なのだ。
だからこそ、政治的な難しさのなかにありながらも、日本の朝鮮学校の支援者が韓国国内にも、あらわれてきたのだと思う。
それは、すごく心強く、楽しく、うれしいことだ。

モンダンヨンピルさんのホームページ
http://ameblo.jp/mongdangj/entry-11081924237.html

在日朝鮮人が、基本的人権であるはずの、民族教育の権利を保障されていない、どころか、あれこれ難癖をつけて侵害されている、という現状は、日本人としては恥ずべき事態なのだということに、いいかげん私たちは気づかなければならないはずなのだが。
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駅構内もとても広い。天井から自然光が降りてくる。KTXに乗って、ソウルへ。

秋の終わりの、曇り日の、田園風景。地方の町にも高層アパートが建っているのが、印象的だった。白い壁にパステルカラーのアクセントがはいっている建物が多い。27年前にセマウル号の窓からみた光景には、さすがにこんな高層アパートはなかった。ただどんな小さな村にも、とんがった屋根の教会があるのがよく目立っていたのをおぼえている。

釜山からソウルまで、たった2時間45分。