メモ 愛について

「ママ、ぼくはママみたいなお嫁さんをもらえないのかな」
と子どもがやってきて言った。数日前の夜。
   ???
「パパがそう言った。ちゃんと勉強しない子はママみたいなお嫁さんに出会えないって」
おう、叱られたね。宿題の字が汚いのがばれたか。
そうだね、パパが言うなら、そうかもね。
と言うと、子ども、しょんぼり。

学校から帰ってくる子どもの頭のなかはいそがしい。パソコンでゲームして、ファミコンもしたいし、紙工作で新しい船もつくりたいし、大きなビルも構想しているし、かものはしペリーのダイナマイトの広告の次は、ペリーの帽子屋の広告を考えているし、あ、おやつも食べなきゃいけないし、アニメも見たいし……
ま、宿題なんかやってる場合じゃないのである。が。

字をきれいに書きましょうと、ほかには何にも要求してないですけどね、それがそんなに難しいですかね。はやく遊びたくて焦ってきたない字を書いても、ていねいに書いても、時間はそんなにかわらないよ。

しかし、ママみたいなお嫁さんって、それがなんの説得力になるのか。
やめとけ、と言いたいが、一応きいてみますが、きみはママみたいなお嫁さんがいいんでしょうか。もっとちがうお嫁さんがいいかもしれないよ。
「いいえ、ぼくはママがいいです。ママがパパのものじゃなかったら、ぼくのものなのに」

いや、ママはパパのものじゃなくて、ママはママのものですけど。
でもママはきみのお母さんだから、どうしたって、きみのお嫁さんにならないけど。
「だってぼくは、ママを愛してる」
そりゃあ、ママもとっても愛してる。

最近、ママとけんかすることも増えてきたし、愛してるって言ってくれるのも、いつまでのことですかね。
もしかしたらこれが最後かもしれないし、メモしとこっと。

☆☆

物語の話。
Kaはイスラム過激派によるクーデター事件にまきこまれる。そのなかにふと挟まれている愛の場面。

「黙ってお互いを見つめていた。Kaは何も言えないでいた。何か言えば、それはわざとらしくなるとわかっていたから。黙っていて、それが彼ができる唯一のことであることを示して、彼女のやや大きい薄茶色の目の中をじっと見た。イペッキは今Kaの心の状態が昨日とは全く異なっているのを感じた。彼が今や全く別の人間であることも理解した。彼は彼女が彼の心の中の闇を感じとったのを、さらには、それをわかってくれたことを感じた。この理解が彼をこの女から一生離れられなくしたことも感じた。」
                       オルハン・パムク『雪』