母より長生きするつもり

寒い午後の国道沿いの道を、息子と手をつないで歩きながら、ふと、今から10年ほど前、兄が忽然といなくなった日、そしてそれにつづく日々を、妻とその息子はどのように過ごしただろうと思った。
いままで兄の心配はしても、その妻と息子のことは考えてこなかったと気づいてふしぎな気がした。私の兄よりは、よほどしっかり生きて行けそうに思えたせいでもあるけれど。

そういうことを思ったのはたぶん、自分の息子が、ある日突然、父に置き去りにされたあの日の甥っこと、同じくらいの年ごろになって、しぐさや表情も似てきていたりするからだと思う。兄は郷里に戻ったが、その後の義姉と甥っこの消息を知らない。……よほどしっかり生きていてくれたらいいと思う。

それから、20代で最初の夫を亡くした私の母が、まだ7歳くらいの息子(私の兄)を里にあずけて、都会に出稼ぎにいったあとの日々を、子どもはどんなふうに過ごしただろうと思った。
それから大人になって都会に出ていった息子を心配した母は、あるとき、やはり7歳ぐらいだった私と弟を置いて、兄のところへ行こうとしたのだった。
もし、ほんの偶然で、父が母を呼び止めることができなかったら、私に母はいなかった。
それから18歳になるまでの10年間、もしも私に母がいなかったら、
私は生きていないような気がする。
すくなくとも、人を信じたり好きになることは、今よりもっと難しかったとおもう。
──母のない子になったなら誰にも愛を語れない
という歌詞は、ほんとうのような気がする。

私が家を出たその年に母は死んだのだが、それまで生きていてくれてよかったと思う。

それでも、母が死んだあと、この世の側に置き去りにされたわたしはほんとうに困ったのだが、
いま、そんなふうに息子を困らせるのは忍びないので、もうすこし長く生きたいと思う。

というようなことを思うのは、
あと1か月したら、私は母より長生きすることになるんだと気づいて、昔、まさかこんな年齢になるまで生きているとは思わなかったので、本当に思っていなかったので、
なんというか、戦慄している。

私、もしかしたらすごいことをしようとしているんじゃないかしら、というぐらい。母さんより長生きするつもり、って。