もしもそれが本当なら

四国のとある県の運送会社から突然電話が来て、私の弟が働いているところの社長だって。そういえば、緊急連絡先として、うちの電話番号を書いた、とは言っていた。とはいえ、働いている会社の名前も知らなかったけど、5年ほども世話になっているらしい。

いや、悪いことではなくて、と社長が言う。心配なのは、お金のことかと思いますが、借金はあるんですけど(あるのか!驚くというか、やはりというか)、会社への借金がたくさんあるが、でもそれは給料からひくからいいので、話はそのことではなくて、と言う。

社長が言うには、弟は家族と連絡をとっていない。それで、父親と和解できないままでいるのはいけない、月末に休みをやるから帰って父親に会ってこいと言ったのだ。
そのことを知らせてくれた電話なのかな、とりあえず。

軽い知的な遅れのある発達障害の子が(大人だが)、どこでどう働いて生きていけるのか。弟はこれまでも、土方の現場でもどこで働いても、あれこれの事故や生活のできなさや、わけもわからず借金かさんでいくふうで、
雇うにはリスクが大きすぎる、と思うのだが、
「あれで、かわいいところがあるんですよ、よく働いてくれるし」
と5年雇って面倒かけられて、そう言える社長を、まず信頼することにした。

実家には帰らないが、母親の墓には行くようだと言うと、
「彼が、あれだけあぶないところにいて、覚せい剤にも手を出してない、その世界を抜けることもできた、そういう真面目さがあるのは、早くになくなったかもしれないけど、お母さんのおかげだと思いますよ」
と社長が言ったのには、ほんとにびっくりした。その通りと思う。たくさん、いろんな人を見てきた人なのだろうと思った。

社員は家族だから死ぬまで面倒見るつもりでいるから、幸いうちには畑もあるから、トラックに乗れなくなっても農業はできる、と言ってくれているのが本当なら、もしもそれが本当なら、そんな奇特な人がいるのかという、ふるえるほどありがたい話だ。

お世話になります、よろしくお願いします、とひたすらお礼を言いました。

でも兄に電話したら、昔弟が九州で働いていたときにも勤め先から電話で、金の話ではないのだといいながら、会ったら借金の話だったということがあるからなと若干警戒していた。そのあと、いろいろたいへんだったらしいのだ。

父は、年とって大変と思うけど、自分の息子なんだから、嫌わずに向き合うべきだと思う。弟が、これまで、どれだけたくさんの面倒をもってきたからといったって、発達障害を抱えた子が、たった16歳で、たったひとりで、わけもわからずこの世の中に放り出されてしまうことになった責任は、まず父にあると思うのだ。
でも父も、子どもの頃は戦争で、13歳から働いて働くことしかできなかった人で、母に死なれたら、子どものことなんて、どうしていいかさっぱりわからなかったのだろう。

社長の話はありがたい。もしもそれが本当なら。