星ヶ丘ゆき

kazumiの日常雑記

短歌往来6月号に

短歌往来の6月号、西田リーバウ望東子さんの連載「ドイツ通信」に、ベルリンで3月24日に行われた「震災祈念朗読と音楽の夕べ」のことが書かれている。
これに、野樹の短歌も翻訳されて参加していて、記事を送ってもらったので、貼ります。ぺったん。
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ああ、ドイツ語になっている。ドイツ語読めませんが、短歌が外国語になるという、想像したことのない景色のなかに、私は行ったことがないドイツに、私の短歌は行ったらしい。なんか不思議。

中学生の女の子が書いたという
 ● 牛乳は白いと思うがほんとうはなかの色はまっくろである

という歌に驚いた。日常の観察が、非日常をも貫き掬い取るということがあるんだなと、心を働かせて自分で見つけた景色は、そういう力をもつことがあるんだなと、心打たれました。

ところで、とりあげてもらった野樹の短歌3首について、「ともに震災とは関係のない、海外の悲惨な事故に取材した作品という。」 2
なのですが、
「ふるさとに」と「ひと椀の」は震災前に刊行された歌集に収録されているので問題ないのですが、
「白いひつじ」の歌は、震災前に書いたけど、投稿も発表も震災後、なので、なやましい。

というのも、「未来」2月号に錦見映理子さんが「いつか必ず来る次の震災のために」という評論のなかで、「震災直後の作の可能性がある」作品として、

 ● そののちの虚空にたたずむ やさしかった人たちがふいに消えてしまって
 ● 海の上をあるいて帰ってくるだろうか波のように白いひつじを連れて

の2首を取り上げてくださっていて、それを見て、たしかに震災後の作品に見えるので、そういうことでいいかなと思っていたのでしたが、

西田さんにお会いしたときに、「白いひつじ」についてきかれて、ボスフォラス海峡の海難事故の話ですと、喋っちゃった。

それで、私の説明不足もあったと思うのですが、「トルコで実際にあった」のは「数十頭の羊の溺死事件」ではなくて、2万頭以上の羊の溺死事件。

2万頭以上のその夥しい羊が、脳裏で、波頭になったり雪になったり、死んだ人たちになったりしていたときに、震災が起きた。あのときは、私の空想の戯れの景色が、震災の画面の向こうにつながってゆきそうなことに、たじろいだ。

それから、あれこれの動揺のなかで、書いたことも投稿したことも忘れていた一連だったのでした。何か思い出したくないような気持ちもあって、掲載誌も見なかった。錦見さんが見つけてくれなかったら、記憶の彼方に消えてしまっていたかもしれないし、きっとドイツにも行かなかった。
私のひつじ。

錦見さん、西田さん、見つけてくださって、ありがとうございました。



ついでなので、ボスフォラス海峡に沈んだ羊の話はこんなふう。

「それから、羊と一緒に海峡の底に沈んだ船があった。一九九一年の十一月十五日、ルーマニアから買い取った二万頭以上の羊を積んで海峡を通過していた、レバノン国籍のラブニオンという名の家畜運搬用の船は、ニューオーリンズからロシアに小麦を運ぶマドンナ・リリという名のフィリピン国籍の貨物船と衝突すると、羊もろとも沈没した。船から飛び出して泳いでいたごく僅かの羊が、海峡沿いの茶屋で新聞を読みコーヒーを飲んでいたイスタンブール人によって救われたが、二万頭の不運な羊たちが海峡の底から引き上げてくれる人を待っているのだ、いまだに。」

            オルハン・パムクイスタンブール』藤原書店