1000回目の水曜デモ

日刊イオから
http://blog.goo.ne.jp/gekkan-io/e/ae0679039255dadb174f32eb1eff8f80

ハンギョレ新聞から
http://news.livedoor.com/article/detail/6120408/

宝塚市民の会の田中ひろみさんの連帯の詩。

 「1000回の水曜デモ」

20年の歳月に1000回を数えた
ハルモニ達の水曜デモ

日本大使館の前で叫んだ
怒りのシュプレヒコール
日本政府につきつけた
怒りのこぶし

私たちは、その声を、そのこぶしを
胸に抱いて生きていきます。
ハルモニと遠く離れてはいても
ハルモニと一緒に歩いていきます。

そして私たちは
命の限り水曜デモを続け
若い人々に水曜デモをひきつぐでしょう。

この世の中に戦争がなくなり
すべての人が大切にされる世の中になっても

未来の人々が
ハルモニの受けた苦しみを忘れないように
ハルモニと一緒に闘った人々を忘れないように

そして未来の人々が
ハルモニの痛みをやわらげようと祈ってくださるように

私たちは命の限り水曜デモを続け
若い人々に水曜デモをひきつぐでしょう

         (田中ひろみ)



水曜デモが1000回続いたことはめでたいことでも何でもなく、1000回も続けさせたことを、この国は胸の痛みとともに、恥じ入らなければならないはずだが、あろうことか、デモへの抗議活動などをして、恥の上塗りをしている。

wikipediaに、恥知らずな抗議活動を行った団体の一覧が載っていたので貼っておきます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E6%9B%9C%E3%83%87%E3%83%A2



あれは拉致事件がニュースになった頃でしたが、昔、隣に住んでいたおじさんが言った。「日本はもっとひどいことをしてきたぞ」。
おじさん、戦争が終わったときは予科練だった。昨日まで軍国主義を教えていた教師が、悪びれもせず民主主義を語るようになったことが許せなかった、と言っていた。教師が生きている間は、同窓会にも行かなかった。
戦後、おじさんが神戸で警察官をしていたとき、先輩警察官に、戦争中、朝鮮で警官をしていた男がいた。毎日、町や村で見つけた娘たちをトラックに乗せて、連れ去るのが仕事だった。今日は何人、今日は何人と報告した。仕事だから、悪いことをしているとは全然思わなかった。

従軍慰安婦は国がしたことだ。書類もあったはずだ。」とおじさんは言った。ちょうど、テレビの討論で、従軍慰安婦は民間のしたことだと誰か言っていたらしく、おじさんものすごく怒っていた。「警官がしたことだぞ! わしの上司がやったんだ。」

おじさん、また別のときに、たまたま訪ねていったらおばさんもいなかったんだけど、永井荷風の小説なんかが好きなおじさんだったが、古本屋で、昔の風俗画入りの本なんかを見つけたのが楽しかったらしく、そんな話から、戦後の警察官時代のこと、歓楽街の夜回りで見聞したりしたあれこれの色恋沙汰を、楽しそうに話してくれたことがあったが、妻や娘には絶対言えない話だろうと思うので、黙っておく。

いろいろと体も不自由になって、耳も聞こえないし、喋ることもできなくなってきた。おばさんも体が悪くて面倒見きれないから、病院を転々していたのが、ようやく老人ホームに入所した、と聞いたのが、半年くらい前かなあ。