船の絵


 誕生日はスパゲティと苺のケーキでささやかに過ぎた。たくさん食べたあと、子どもは部屋のなかで両手をひろげて、くるくる回って遊んでいた。目がまわって倒れるのではないかと思うが、それが楽しいらしいのだ。

 同じことを私もしていた記憶がある。祖母の家で誰もいない午後に、何度も倒れながら、ひたすらにくるくる回りつづけていた。
 その部屋の壁に、船の絵が貼ってあったことも思い出す。港に何艘もの船が停泊している絵で、油絵のタッチだった。荒れ模様の海と空の間に、船は揺れながらとどまっていて、その絵を見ることはいつも少しこわくて、でもどうしても気になって、見ないではいられなかった。画家の名前やタイトルは知らないが、いまでも絵を見たら、これはあの部屋に貼られていた絵だとわかると思う。祖母の家のなかで、あの頃の私たちの暮らしのなかで、その船の絵は、違う世界へつづく秘密の通路のようだった。

   私の息子は、どんな絵を記憶の底にとどめるのだろう、と思って部屋を見回した。彼が生まれてから2年の間にびりびりと破ったふすまの穴は、古いカレンダーの絵でふさいである。湖に山の紅葉が映っている大きな美しい写真だ。そのほかには、向日葵のイラスト、それからカレンダーの数字の部分、それから……。
   べったりとガムテープで貼られたそれらは、いかにもその場しのぎのちぐはぐさ。