『アンネの日記』

 
 『アンネの日記』は、10歳から15歳の私の愛読書だった。毎年何度も読み返していた。はじめは、少し年上のお姉さんの話をきくように、それから、同世代の友だちの話をきくように。
 彼女に教わったのは、何よりまず、大人を見る見方だった。大人たちは勝手なことを言うので、それを受け入れると自分がゆがんでしまいそうな気がするとき、彼らが正しいとは限らないのだし、理解されようとされまいと私は私なんだと、思うことを、学んだ。心のなかに隠れ家をもつようになった頃に、彼女はまず一番の友だちだった。
 そして15歳のある日、ふいに、アンネの日記が15歳で永遠に中断されてしまったこと、そして、彼女が生きなかった年齢を、私はこれから彼女なしで、生きなければいけないということに、いきなり気づいた。家族の寝静まった深夜に、ひとりの部屋でしゃくりあげて泣いて、本に別れを告げた。

 1994年頃、『アンネの日記』の完全版が出たとき、16年ぶりぐらいに読み返した。彼女が死んだ年より私は16年余分に生きてきたわけだが、その歳月の貧しさ情けなさにため息のでる思いだった。