表紙の表にも裏にも、本文のなかも、いつのまにかにぎやかに落書きされてしまっている。
『池内紀の仕事場2 <ユダヤ人>という存在』(みすず書房)。「アウシュヴィッツのユダヤ人」という鮮烈な内容の序文をもつ本。子どもの落書きに似つかわしい本では、決してない。
落書きは消さずにとっておいて、犯人が大きくなったときに、この本をあげよう。しっかり読んで、しっかり考えなさい。
『悲劇の少女アンネ』というタイトルの本を小学校の図書館で借りて読んだのは4年生のとき。9歳の子どもにはおよそ理解を超えることがそこには書かれていた。「収容所って何ですか」と学校の渡り廊下でなぜか音楽の先生に質問をして、「人を集めるところ」という答えに、そうだけどそうじゃない、と何かもどかしくて、訊いてはいけないことを訊いたかしら、と思った。
アンネという名前の女の子は、収容所で、狭くてかたい板の上に何人も押し込められて寝た。どんなふうだろう。図書館には、本の並んでいない棚があった。いかにも狭いその棚に寝てみた。
休み時間や掃除の時間に、クラスのほかの女の子たちが、同じように、空いた棚に寝そべりはじめていた。きっと読んだ本のことを私が喋ったのだ。先生に見つかって叱られたとき「アンネごっこ」と誰かが言った。
ごっこ遊びにしていいようなことでは、もちろんなかった。