シモーヌ・ヴェイユの手紙


 フランスの哲学者シモーヌ・ヴェイユが、詩人のジョー・ブスケに宛てた手紙のなかにも、卵とひな鳥の比喩がある。

 「卵の中の暗やみから真理の光の中へと出てこられるためには、あとはただ、せいぜい殻をつき破るだけでよいのです。あなたは既に、殻をこつこつと叩きはじめておられるのですから。これは、非常に古くからの象徴です。卵とは、この目に見える世界です。ひな鳥とは、「愛」です。「愛」とは、神そのものであって、すべての人間の根底に、まず初めに目に見えぬ芽として宿っているのです。」
        『さいごのシモーヌ・ヴェイユ』田辺保から

 戦争で下半身付随になった詩人に、その傷を通して不幸を見つめること、同じように多くの傷ついた人々のために、「卵の殻を割る」ことを語りかける長文のとても美しい手紙だ。

 大学のときのノートや教科書はほとんどすべて処分してしまった。真面目に通う学生でもなかったので、たいした講義ノートもつくっていなかったし、6畳一間のアパートに、教科書や資料を山と積んでおくわけにもいかなかったのだ。でも、集中講義で受けた田辺保先生のシモーヌ・ヴェイユ講義のノートだけは、今もある。もっともそれは、すでに大学を卒業したあと、仕事を休んで、もぐりの学生になって、聴講した講義なのだが。
 それからしばらく、仕事をやめて暇だったこともあって、ヴェイユの著作を読みふけって過ごした。