向かいの森


 玄関をあけて外に出ると、向かいの森の紅葉が目に飛び込んでくる。そのあざやかさに圧倒される。空気まで赤いのではないかと感じられるほど。今年は紅葉がすごいと思う。

 向かいの森、といっても昔は庭だった。森の奥には廃屋になった家がある。赤錆びているが門扉もあって、鍵がかかっているから勝手に入ることはできない。
 昔庭だった森は、もう手入れもされていないが、持ち主がいた頃、15年くらい前までは、美しい庭だった、という。その面影はいまもある。

 門扉の左側には大きなモミの木がある。冬に雪が降ると巨大なクリスマスツリーの趣だ。
モミの木の後ろにモミジがあり、いま真っ赤に燃えている。その奥に大きな桜の木が数本あって、春には、家にいながら花見ができる。その奥にはネムの木。
 門扉の右側には槿の木がある。ほかに椿、石楠花も咲く。アヤメやカイドウなどの季節の花も咲く。
 門からはサツキの小道が奥の家に向かってつづいている。庭に隣接して竹やぶがあり、毎年イノシシが出る。その奥に栗の木もある。

 昔ここには偏屈な爺さんが住んでいた、といつだったか散歩の途中の年寄りが話してくれた。なんでも大きな会社の重役だったらしい。このあたりがまだまだ不便な山道だった頃から住んで、「わしは人間はきらいじゃ、山がええ」と言っていたらしい。そのおじいさんが死んでからは住む人もいない。年に何度か、親族だろうか、鍵をあけて庭に入り、木の伐採などをしていくだけだ。

 門からのぞけば、いまや廃園となった庭の奥には枯れた池があるのも見える。そのほとりには、持ち主のどんな心をとどめてなのか、ロダンの「考える人」の彫像がひっそりと置かれてある。

 私たちがここに住むようになって4年が過ぎた。向かいの森に見守ってきてもらった、と思う。気持ちがくさくさしたときも、外に出れば目に飛び込んでくる森に、心がなだめられた。花が咲いたり、木が風に鳴ったりするのを、感じていられるだけでも、ふるえるほど幸福なことだと思うようになった。