不幸について


 「あの子を消さなければ、自分はこの苦しみから解放されない」というようなことを、塾の生徒である12歳の少女を殺した男は言ったらしい。まるで男女の愛憎の果てにあるような、それにしても陳腐な言葉と、異常な殺意との取り合わせだ。
 悪いのはもちろん、あの子ではなく、苦しみを他者のせいにして疑わない精神なのだが、それにもまして、憎みやすいものを憎み、いじめやすいものをいじめ、殺しやすいものを殺すという、いいようのない卑劣さ。

 高校生のときの、国語の問題集だったか、試験の問題文だったかにあった言葉をおぼえている。「他人によって傷つけられるものは、自分のエゴイズムにすぎない」。その言葉を覚えていたことは、ずいぶん支えになった。

 自分の不幸を他人のせいにしている間は、きっと人間は不幸のままだ。苦しみをたやすく他者のせいにする人間には近寄らないほうがいい。「あいつのせいで」という言葉は、明日には「おまえのせいで」にかわるだろうから。