紫の布


 夕方のローカルニュースを見ていたら、江戸時代から大正にかけて地元の特産だった、山繭紬を80年ぶりに復活させようとしている、という話。ヤママユガの繭から糸をつむぐのだが、その、ヤママユガの繭の色が、きれいなうすみどり、春の若葉の色で、思わず見入ってしまった。ヤママユガは大きな薄茶色の蛾。庭で見た記憶がある。たぶん、向かいの山からきたのだろう。

 一枚の布のことを思い出した。古い箪笥の奥にしまってあった。母の実家は農家で、戦前は蚕も飼っていたという。ちょうど風呂敷ぐらいの大きさの、濃い紫色の布は、むかし、母の母が、飼っていた蚕から自分で糸を紡いで、自分で染めて織りあげたものらしかった。
 母方の祖母は、一緒に暮らしていなかったし、私が小さいときに死んでいたから、ほとんど何も記憶がない。ただ祖母の家、農家の広くて暗い土間に、大きな織機があったのを、おぼえている。母は、娘が箪笥の奥から見つけ出してきた布を、ひろげて、なつかしそうに眺めると、また、たたんで箪笥の奥にしまった。

 あの紫の布は、どうなったろう。母が死んだときには私はもう家を出ていたし、それから何年かして、住んでいた家も取り壊されることになり、そのときに、母のものも、古い家にあれこれとたまっていたものも、ほとんど処分されてしまった。あの布だけ、大切に残されたはずもない。
 とすると、今はもう私の記憶のなかにしかない、一枚の布。