木を植える人


 ジャン・ジオノの『木を植えた人』という物語は、文字通り、死ぬまでひたすらに木を植えつづけ、荒地を森にかえつづけたという男の話。木を植える、というそれだけ。これ以上ないくらいシンプルな話だが、シンプルに生きるには勇気がいる。

 ジャン・ジオノの物語そのままに、フィリピンで木を植えている大場さんから手紙。退職して奥さんの故郷に移り住み、荒れ果てた山林を再生させるために、NGOをたちあげて植林の活動をしている。手紙にはいつも、植林の様子と、そこに植えた木が数年後に青々と育っている写真が添えられていて、木の成長に目を見張る。それにしても、フィリピンの山野の荒れようはただごとでない。木を植えなければ間に合わない、と大場さんの決意のゆえんだ。
 大変なのは資金繰り。苗木代や、植林で地域の人たちの雇用をつくりだしているのだが、その労賃や。物価の上昇がすごくて、ガス代が2倍になったので、出資を抑えるために、薪で生活することにした、とあった。木の枝打ちをするので、薪にする木はあるのだという。

 私の関わっているゴミの山のフリースクールも、今年度はとても厳しい運営を強いられている。生徒は増えたし、物価はあがるし、お金は全然足りない。校長先生が個人的な借金をしながら、なんとかやりくりしている。このままでは新学期からはたぶん、生徒の受け入れを制限しなければ、つづけていけないだろう。たくさんの子どもが教育の機会を失ってしまうことになる。他の受け入れ先があればいいのだが。
 フリースクールの名前は「パアララン・パンタオ(思いやりの学校)」
 パアララン・パンタオ支援のホームページはhttp://kazu900.hp.infoseek.co.jp/index.htm