この冥き遊星に


 夜になって雪。春が来ると見せかけては冬になる。団地の坂を降りれば、梅も菜の花も咲いているけれど、わが家の梅はまだ咲かない。それどころか、つぼみが鳥に食われて、なんだかかわいそうなことになっている。

 しばらく前に、東京都江東区深川あたりについて書いたエッセイ (『母の声、川の匂い』川田順造 筑摩書房) を読んでいて、昔そのあたりに、といっても隣の墨田区に短い期間だが住んだことがあって、深川にもしばしば行ったから、なつかしかった。
 改築される前の深川図書館が好きだったのだが、夏のある日、図書館を出て木立のなかで突然、その頃に読んでいた山中智恵子の短歌を思い出して、涙ぐんでしまったことがあった。

 黙深く夕目に見えて空蝉(うつせみ)の薄き地獄にわが帰るべし (山中智恵子)

 山中智恵子さん9日に逝去とか。80歳。ご冥福を。
 春に思い出すのはやはりこの歌。

 さくらばな陽に泡立つを目守りゐるこの冥き遊星に人と生まれて (山中智恵子)