辻邦生


 郵便受けに入っていたチラシに、月々の支払い300円、とあって、それならETCを買ってもいいと、車の部品など売っている店に出かけた。店は混んでいて、取り付けに時間がかかるというので、その間、近くの図書館まで歩いて行った。
 こういう小さな図書館でも、児童書はそれなりに充実している。走ったり叫んだりしていた子どもも、トーマスの絵本を見つけてからは、おとなしく寝そべってそれを見ていてくれた。
 辻邦生西行花伝』があったので借りる。いつか読もうと思いつつ読んでいない本の一冊。しかし、返却期限までに読めるかどうか。

 辻邦生は、高校生の頃よく読んだ。『春の戴冠』は高一の夏どっぷりはまった。次の夏は『背教者ユリアヌス』だった。『天草の雅歌』『回廊にて』『夏の砦』など。
 細部はもう忘れてしまったけれど、無常や、美や、永遠、といったテーマに、心を捉えられた。「実在」とか「永遠」という言葉がでてくると、何かとてもいいものに触れたような気がするのだった。

   「ソレハ、オソラク私ガ、コノ滅ビノ現実ニ居ナガラ、花々ノ降リソソグ永遠ノ空間ニ、生キテイルトイウ実感ニ刺シ貫カレテイタカラデシタ。(略) ソノ時、突然、私ハ自分ガ全キ自由ニナッテイルノヲ感ジマシタ。歓喜ニ充チタ自由トナッテ、私ハ万物ト一ツニナッテイマシタ。私ハ消エ、ソシテ<私>ガソノ時ハジメテ存在シ出シタノデシタ……」 (辻邦生『回廊にて』)

 というような文章を、ノートに書き抜いていたりした。
 しばらく前に、遺作の『薔薇の沈黙─リルケ論の試み』を読んだ。辻邦生の作品を久しぶりに読んだのだったけれど、かのテーマが、リルケを通して語られていて、なんというか、裏切らない大人がいてくれたのだと、うれしかった。