すわって、すわって


 朝、子どもが外に出たがる。雨だから、といっても聞かないので、一緒に庭に出ると、軒下の、植木鉢を並べてあるブロックの空いたところに、「すわって、すわって」と言いながら自分がすわった。そうして、横の植木鉢に「おんり、おんり」と言っているので、植木鉢をおろしてやると、その場所を指して「すわって、すわって」と私に言う。ブロックを椅子にして2歳の息子と並んですわって、しばらく庭を眺めることとなった。
 「花が咲いているね」と言うと「はな、はな」と言い、「赤い実があるね」と言うと「あか、みー、あか、みー」と言う。「雨が降っているね」と言うと「あめ、あめ」と言い、「鳥が鳴いているね」と言うと「とり、ぽっぽ、ぴーぴー」と言う。私を見てはほほえむので、私もほほえみ返す。でも雨は降るし、さむいし、なかにはいろうよ、と立ち上がると、その度に「すわって、すわって」と呼びとめる。

 もしかしたらずっと昔、数百年か数千年の昔にも、こうして並んですわっていたりしたろうか、と思った。そのときは若い恋人だったり、年寄りの友人だったりしたろうか。あるいはずっと未来にも、こうして並んですわっていたりするだろうか。
 それにしても「すわって、すわって」と呼びとめる声のなんてやさしいこと。誰かにこんなあまやかな声で呼びとめられたことは、かつてない、と思う。