市内電車


 新緑があんまりきれいで。
 緑のなかにハナミズキの白やピンクの花がなんだか夢のように浮かんでいる。すなおに空に向いて。

 どこへ行っても人が多いだろうと思いつつ、市内電車に乗りに行くことにした。まず港まで出て、船を見て、(うみうみ、ふねふね、と子どもは走っていったよ)、そこから電車で街の中心まで。フラワーフェスティバルのパレードはとっくに終わっていたけれど人出は多い。迷子がこわくて、楽しむどころではない、さっさと通り抜け、落ち着いたのは、古本屋だった。魯迅の文庫本の珍しいのがあって、どきどきしながらめくってみたけど、うすっぺらなぼろぼろの文庫本なのに、初版絶版1000円、とある。あきらめた。それからさらに何冊かの本をあきらめたすえに、カレル・チャペック1冊買った。

 ちびさん、まあまあよく歩いた。最近信号機がお気に入りで「あか、とまれ」「あお、すすめ」「きいろ、ちゅうい」といちいち言っていた。でも、その通りに歩くかというとそうではない、ので半分は抱いて歩くことになる。途中で半額シェイクを親子3人道ばたで分け合って飲んで、電車に乗ってまた港まで。行きは最新式だったけど帰りはレトロな電車。電車は、学生の頃、毎日のように自転車を走らせていた、昔馴染みの景色をよぎっていく。すっかりかわった風景とあいもかわらぬ風景が混在していて、記憶の断片がそこらに散らばっているようで。なつかしいんだか、いまわしいんだか。二十歳の頃のあれこれの無惨。

 子どもは電車に乗ってうれしそうだったのは最初だけ。椅子にじっとしているのに退屈していた。ふと床に落ちているものを拾ったので、のぞいてみると「いち、いち」と手放すまいとする。1円玉を拾っていた。家に着くまで握りしめていた。大事な「いち」らしい。貯金箱に入れておこうね。