王冠の花


 庭に王冠の花が咲いた。
 花のほんとうの名前は知らない。金色の王冠みたいなきれいな花なので、王冠の花、と勝手に呼んでいる。低い木に、木をおおうように、たくさんの花をつけている。

 東京で暮らしていたとき、アパートの隣の家に植えてあって、季節になると花が咲くのがアパートの階段から見えた。隣家からは、夕方になると、「ごはんだよお」という女の子の声が響いて、その声に、若い女の子らしい苛立ちが響いているのを、なんとなく楽しく聞きながら、家族、という単位で生きている人たちもいるのだ、と思った。

 あの頃は、自分がいつか家族をもったりするようになるとは、夢にも思わずにいたんだけれど、いま「ごはん」と家族を呼ぶとき、あの隣家の女の子の声を思い出したりする。何年も聞きつづけた声だ。女の子の顔は、たぶん見たことがない。声だけが、私の東京の記憶の一部になった。