夾竹桃


 蝉が鳴きはじめた。昨日は暑かった。市内におりると、平和公園あたり夾竹桃の赤白ピンクの花が咲いていた。ああ夏だ、と思う。広島の夏だ。「夏だねえ」と一緒にいた夫に言ったら「核兵器の夏だ」と返してきた。たしかに、広島の夏ときてまず思い出すのは、「原爆」だ。
 夏は連日、でも夏に限らずとも、ここでは一年中「ヒバクシャ」と言う言葉を耳にする。東京から10年ぶりにもどってきたとき、ローカルニュースでしきりに聞く「ヒバクシャ」という言葉に、ああ広島にもどってきたと実感したのだった。そして、その言葉を、つまりその存在を、10年も忘れて生きていたということに驚いた。ほかの土地では忘れていられるのだ。

 平和公園あたり太田川沿いの夾竹桃の花の群れ。思えば、この花を毎日見ながら、学生の頃から10年間の夏を過ごした。一番長く暮らした下宿は西窓で、エアコンもないから、夜中になっても暑さが抜けず、しかもべた凪、風がない。あんまり暑くて眠れないから、夜中、川沿いの道を疲れ果てるまで歩いたりした。いろんなことがあったような気がする。いろんなことがあったような気がするんだけど、何もかも、暑い空気に溶かされていってしまうようだ。

 そうして、ただ圧倒的な夾竹桃の花の群れ。