少年時

 中也の詩を思い出すような夏の昼。高校生の頃に覚えた詩をまだ忘れていないのに少し驚く。

 少年時  中原中也
 
黝(あをぐろ)い石に夏の日が照りつけ、
庭の地面が、朱色に睡つてゐた。
 
地平の果に蒸気が立つて、
世の亡ぶ、兆(きざし)のやうだつた。
 
麦田には風が低く打ち、
おぼろで、灰色だつた。
 
翔(と)びゆく雲の落とす影のやうに、
田の面(も)を過ぎる、昔の巨人の姿――
 
夏の日の午(ひる)過ぎ時刻
誰彼の午睡(ひるね)するとき、
私は野原を走つて行つた……
 
私は希望を唇に噛みつぶして
私はギロギロする目で諦めてゐた……
噫(ああ)、生きてゐた、私は生きてゐた!