バロットの夜

 フィリピンのゴミの山にあるフリースクールを7月に訪れた人の手記を読ませてもらっていたら、日曜日に市場へ買出しに出たことなど、書いてある。
 思い出してしまう。なつかしいリテックスの市場。学校に滞在していて街に出かけたときなど、あの市場まで帰ってくると、ほっとした。
 街に出かけると、帰りはたいてい暗かったが、それでもバロット(あひるの有精卵、孵化寸前のもの)売りは、ろうそくの灯りで、積み上げたバロットを売っていて、「バーローット、バーローット」と独特の呼び声を響かせていたりした。
 市場で1個だけバロットを買って、塩をふって、ジプニーの乗り換え場までを、ゆっくり歩きながら食べるのが好きだった。
 バロットは、暗いところで食べるに限る。明るいところで、孵化寸前の、すでにヒナのかたちをしたものを食べるのはちょっと胸がつまる。
 でもあるとき、私がそうやってバロットを食べていると知られて、帰国のお土産に何十個もバロットを持たされて(しかも税関を通ってしまって)、日本に帰ってから食べるはめになってからは、もう食べられなくなってしまった。バロットはやっぱり、あの南国の夜の暗さのなかで食べるものである。
 灯りのない真っ暗な道をジプニーは走り、ジプニーを降りて、ゴミの山のスラムにつづく、夜が幾重にも重なったような暗い坂道を、手探りするようにおりていくとき、闇にも体温や重さがあるようだった。やがて、ゴミの山の自然発火の炎が燃えているのが見えてきて、そのふもとにかすかに灯りがともっているのが、親しいなつかしい人たちのいるところ。
 もう4年会っていない。
 
 昨日の午後、学生の頃の友人一家が遊びにくる。ケーキをありがとう。6歳と4歳の姉弟にははじめて会った。うちの2歳の子と遊んでくれる。
 ちびさんたち元気。干したあと2階の部屋に積み上げたままのふとんをマットにして、その上に椅子から飛び降りて遊んでいた。
 楽しい午後でした。