くすのき

 街へ出たついでに平和公園で子どもを遊ばせる。鳩と雀と鴉が遊んでくれる。鳥たちが地面をしきりについばんでいるので、子どもも気になるらしい。地面の砂をつまみあげて、鳩にあげるつもりで追いかけると逃げられる。つぎには砂を自分の口にいれようとする。気持ちはわかるけど、お願いやめてください。
 「おとうさん、あれ、くすのき。おおきいねえ」とパパに肩車されて指さしている木は、偶然だろうが、たしかに楠で、いまのセリフはなんなの、と一瞬驚いたが、なんのことはない、となりのトトロ
 寡黙な子なのだが、日常会話もわずかな言葉しかないのが、トトロのセリフはすっかり頭に入っているらしい。最近は何かしゃべりだしたかと思うと、となりのトトロ。人物ごとに声も違えて、なかなか立派な一人芝居をしている。寝る前、電気を消してからが絶好調で、喋ったり叫んだり立ち上がったり歩き回ったり転んだり。ふいにしずかになったと思うと、転んだままの格好で、ふとんからも落ちて畳の上で、寝ている。

 5歳から18歳まで暮らした家の2階の窓から、隣のお寺の境内の大きな楠が見えた。夏休みの絵の宿題に、中学の3年間、毎年その楠を描いたので、木のかたちをすっかり覚えてしまった。描いているうちに不思議な親しさを覚えるようになると、それは特別な木になった。春に鶯が鳴くのも、冬に冷たい風が吹くのも、季節はあの楠からはじまっているような気がしていた。
 何年か前に、家のあったあたり、今はもうすっかり様子の変わってしまったあたりを訪ねてみて、あの楠がいまもあるのが、なつかしかった。

 高校生の頃読んだ、久坂葉子の詩を思い出した。

  予言  久坂葉子

ゆうべ、ゆめにみた子、
すんだ瞳(め)……
真赤な頬っぺたの子供でした。
その子は、
大きな楠の下に佇って、
カラカラ下駄をほりあげながら、
「あしたは天気です」と
いさましく予言しました。

ゆうべ、ゆめにみた子、
その通り、お前の云った通り、
きょうは何というよいお天気。
うすあおいそら、
かるい空気。
ゆうべゆめにみた子、
わたしは一体どうなるの、
予言しておくれ、いさましく。