せいかい

 住宅街でイノシシ逃走、捕獲。このニュースはどこかしらと思って見たら、広島で、昔住んでいたところからひとつ川向こう。街のまんなかあたりだ。
 このあたりは街のはずれもはずれだから、イノシシは道ひとつ隔てた向かいの森を夜中にごそごそ歩いていたりするけれど、住宅街に出るというのは、森に食べるものがないんだろうか。一昨年だったと思う、熊の出没が相次いだ年に、近所のおばあさんが言っていたのは、家の前の道に降ってくる落ち葉に、どんぐりが一個もついていない、ということだった。山に食べるものがなくて飢えたのだ。
 今年は、どんぐり落ちてくるかな。子どもは、トトロがくれる木の実がほしい。
 
 台所にあったはずの紙皿が、いつのまにか子どものおもちゃ箱にある。ときどきそれを床に並べて遊んでいたりする。
 子どもが色紙を出してきたので、ちぎって、床に並べていた紙皿に貼り付けて、花や車や汽車や船、小鳥、時計、などつくってやった。気に入って遊んでくれるのはいいのだが、私が流しで食器を洗っていると、紙皿を抱えてとんできて、一緒に洗おうとする。絵皿になっても紙皿は紙皿。紙だから濡らしてはいけないのだと説明しても、通じないようで、結局、叱られて、泣いて向こうへ行くのだった。
 「せいかいは、おはな、でした」「せいかいは、ことり、でした」「せいかいは、くるま、でした」と、泣きやんだ子どもが、ひとりで紙皿をめくりながら、言っている。せいかい、なんて言葉を、いつのまにおぼえたのか。きみが大きくなったとき、この親たちのところに生まれてきたことを、せいかい、と思ってくれるとうれしいけれど、もしそう思えなくても、それでもきみはきみの人生を、せいかい、と言えるように生きていってくださいね。