緑いろの指

 庭は金木犀のいい匂いがしている。
 中学校の表門までは歩いてほんの10分ほどの道のりだった。でも普通の道とは別に、遠い海の町から市内の高校に通う生徒のための寮の中庭を通り抜ける近道があって(通り抜け禁止ではあったが、守るはずもなく)、その近道を通れば中学校の裏口まで5分で行けた。その裏口のすぐ近くの家に大きな金木犀の木があって、花が咲くと、通りすがりに、いくつかの花をこさいで香りを嗅いだ。そうしてもって帰った花を、日記帳にしていた大学ノートにセロテープで貼り付けたりしていた花のかけらが、いまもノートに残っている。
 あの頃、高校生になってからも、学校の行き帰り、家々の垣根の葉っぱをちぎりながら歩くのが癖のようになっていて、指はいつも緑いろに染まっていた。
 
 庭もベランダも、大きな蜘蛛の巣だらけ。こわしてもこわしても、翌朝には修復されている。ほんとうにレースのカーテンのような。いろんな虫の死骸や死骸のかけらが、ころがっている。
 
 しなければならないいろんなことがあるようで、いろんなことが心のなかを流れすぎてはいくようで、でもひとつひとつのことを思い出したり、言葉にしたりする前に、それがなんだったかわからなくなっている。さっきも何か気にかかることがあって、本をさがしていたのに、やっと本を見つけたときには、なんのためにそれを探していたのか思い出せない。
 目の前には、私の傍らで、本棚の本を片っ端から抜き出してつみあげて遊んでいた子どもと、かたづけなければならない本の山。