蟻とコオロギ

 朝、玄関の石段の上に、ずいぶん大きなコオロギがいた。私の人差し指の長さくらいはありそうだった。近づいたら逃げるかと思ったのに、逃げもせず、だるそうにすこし動いた。
 夕方、朝のコオロギにちがいないが、もう頭もなくなって、体も半分ばかり引きちぎられたようなのが、石段の下に転がっていた。それに蟻が、大きな赤い蟻、体長1センチぐらいはありそうなのが、数匹群がっていた。蟻はうちの庭にいる蟻ではない。アスファルトの道をはさんで、向かいの森からわざわざやってきたらしく、一匹ずつ、コオロギの肉片を抱えて、アスファルトの向こうまで、這っていく。アスファルトの向こうからは、手ぶらの蟻が、コオロギ目指してやってくる。蟻にしたら、だだっぴろい荒野のようなアスファルトの道と思うのに、迷いもせず、獲物を見失うこともなく。
 道にしゃがんでしばらく見ていた。イソップ童話の、蟻とキリギリスの話を思い出した。ひもじくて弱ったキリギリスは、ほんとうは蟻のえさになったのに違いない。このコオロギも、朝はまだ、たしかに生きていたのだ。